変化の兆し

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変化の兆し

 あの不愉快なパーティーから帰ってからここ数日、レオン様が考え事をしている姿を見ることが増えていた。  モニカの嘘がその場でバレたから良かったものの、下手すればしてもいないことで責任を取る羽目になったのかも知れないのだし、結果言わなくてもいいアレルギーのことなども話さなければならなくなった。  正直、まさかあの人がそこまで卑怯な真似をするとは思わなかったが、モニカのお父様のお怒りも相当だった。 「どんな言い訳をしようと、無実の人間に冤罪をなすりつけて平気な顔をしていられるお前は、人として何かがおかしい」  と地方の親族の家に謹慎措置となったようだ。周囲は大きな畑と牧場しかなく、大きな町も近くにはない。毎日朝から農業の手伝いをさせられており、勝手に逃げ出したら無一文で家を放り出すから覚悟しろと宣言したとか。そして、レオン様には改めて奥様と共に謝罪に来られた。 「娘を甘やかし過ぎた結果が、あんな人を思いやれぬような自分本位の人間に育ててしまった。私も一人娘だからとある程度のワガママを大目に見ていた責任がある。誠に申し訳ない」  と何度も頭を下げていた。  レオン様も、大勢の客の前であれば自分の信頼は一気に地に落ちていたこと、その際には名誉回復のためにモニカ嬢を訴えていたであろうことも説明。これはスタンレー伯爵の家門にも傷がつくような行為であり、余りにも浅慮であると考える。若輩者に言われるのも心外だろうが、お子様の軽率な振る舞いを深く反省させて頂きたいと。  お嬢さんとも一緒に来て謝罪して頂いたので、もう謝罪は不要だと言い、ワイナリーの件はこれまで通り、パートナーとして継続しての仕事付き合いをすることになったようだ。  ただしモニカに関しては関わりたくないので、今後一切近づかせないこと、というのを必須条件にしていたが。  まあ何はともあれ、スタンレー伯爵については以前から仕事の出来る人で尊敬出来るお方だとも仰っていたし、レオン様もモニカの一件で切ることは考えてはいなかったとも聞いていた。 「一応私も領地経営をしつつ、使用人たちも養う責任があるからね。ビジネスに自分の好き嫌いを持ち込む訳にも行かないさ」  そんな話をして頂いてからも、やはりお顔に影があるというか、悩みを抱えているようで、私がいることにも気づかずにため息をついたりしていることが増えた。私も心から謝罪をした。 「私のせいでモニカと関わることになったために、大変なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」  私が謝罪をしても、レオン様は意外そうに首を傾げるばかり。 「別にパトリシアが何かした訳でもないだろう? 自称友人に迷惑を掛けられたのは君も一緒じゃないか」  そう言い笑顔を向けられるが、だからといってレオン様の憂いが消えることもない。心配だけが心に溜まるような状況で、私は居たたまれない気持ちで日々を過ごしていた。  そんなある日のこと。  販売の始まったデザートワインの売り上げも好調ということで、レオン様も少し笑顔が見えるようになって来ていた。  仕事を詰めすぎていたから、三日ほど休暇を取ることにしたとのこと。 「それは素敵ですね! レオン様は少々働き過ぎかと存じます。気分転換をしてリラックスされるのは良いことだと思いますわ」 「うん、そうだね。……でね、一度やって見たかったことがあってね」 「やって見たかったこと、ですか?」  最近ではなかなか見られなかった楽しそうな顔をして、レオン様が頷いた。 「そう。少し郊外の方にはなるんだけど、とても見晴らしのいい丘があってね。近くには綺麗な水が流れる川もあって、魚なんかも結構釣れるらしい。ほら、最近天気の良い日が多いだろう? だから、そこで釣りをしたりピクニックでもしたいなと思って。子供の頃そういうのをした経験がなかったから」  過保護過ぎたお母様がいては、そんな気軽なことも出来なかったのだろう。私は少し悲しい気持ちになった。 「良い気分転換になりそうですね。これからひと月もすればまた雨期になりますもの。いい時期ですわ。ご友人様とでしょうか?」 「いや、パトリシアと二人で行きたいんだよ」 「私と、でございますか?」  それじゃまるでデートのようではないか。……いえ待つのよ。私は使用人なのだ。そして、レオン様はリラックスして休養をしたいのだし、ガヤガヤと複数の友人とピクニックというのも気が休まらないのかも知れない。考えてみれば、いい年をした大人の男性同士でピクニックというのも不自然だものね。  私ならば、存在感も薄いし、荷物持ちも出来る。のんびりしているところに居ても邪魔にもならないと考えたのだろう。それならば納得だ。 「私でよろしければ喜んでお供させて頂きます」 「ありがとう。……出来れば、ランチボックスとおやつはパトリシアのお手製がいいな。一度お菓子以外も食べて見たかったんだ」 「ランチでございますか? 私は家庭で食べるような料理は作れますが、コック長のような手の込んだものはあいにく……」 「ああそんなことは良いんだ。パトリシアが普段実家で作っているようなものでいい」 「それでしたら何とか……」 「明後日から三日間の休暇予定だから、明後日はどうかな?」 「かしこまりました。あまりお口に合わなかったらすみません。お菓子も作りますのでそちらで口直し願います」 「色々お願いして悪いね。でも休暇の楽しみが出来たなあ! よし、それじゃ面倒だけど、あと一息仕事頑張るかなー」  私に笑顔を見せると、また書類に目を落とした。  少しはレオン様が元気になってくれますように。  私も改めて仕事に戻りつつ、頭の中で作れる料理を思い浮かべ、当日のメニューをあれこれ考えるのだった。
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