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人生最悪の日
「……パティーはほら、顔立ちは悪くないけど、影が薄いというか存在感がないというか、とにかく地味で大人しいだろう? もちろん悪い子じゃないんだけど、恋愛とか結婚となると、ちょっとね」
幼馴染みのギルモア・コルトピーがそう言い、友達と笑い合っているのを聞いてしまったのは、私の誕生日を明日に控えた日のことであった。
確かに私は、くすんだ金髪に光のない緑の瞳、少々散っているそばかす。友人にも地味だの控えめ過ぎるだの、しっかりとメイクしなさいと散々言われたりしている、自他ともに認める華のない女である。
趣味だって読書や料理、掃除くらい。ピアノだって弾けないし、芝居や音楽なども興味がない。男爵家の令嬢として気品というものが少々足りないという自覚もある。
──だけど幼馴染みのギルモアは。小さな頃からいつも私に優しかったギルモアは、どこかに存在する私の中の良い部分というのを理解してくれていると信じていたのだ。
十八歳の誕生日ともなれば、やはり結婚を意識する年齢である。
明日、都合が良ければギルモアをピクニックにでも誘って、温めていた恋を打ち明けようか、などと浮かれてコルトピー伯爵家にやって来なければ、こんな心が打ち砕かれるような台詞を聞かずに済んだのに。
メイドに案内されて庭へ通された私は、ガーデンテーブルでギルモアと向かい合わせに座ってお茶を飲んでいた男性に見覚えがあった。ギルモアの親友のジャック・イーサンである。彼と同級で、私も何度か一緒に買い物に出かけたりお茶を飲んだりしたことがある。
挨拶をしようと声を掛ける直前、あのギルモアの声が聞こえて来てしまったのだ。
歩みを止めて固まった私は、どんな顔をしていたのだろうか。……まあどうせ印象が薄い存在感のない人間らしいし、どんな顔だったとしてもすぐ忘れられてしまうだろう。気にすることはない。
背中を向いているギルモアは気づいてなかったが、向かいのジャックは直ぐに気が付き笑うのを止めた。
「……おい、どうしたんだ?」
「──後ろ」
急に真顔になったジャックに話しかけたギルモアは、え? と後ろを振り向き、私を見て目を見開いた。
「ぱ、パティー……」
「ごきげんよう、ギルモア」
私は笑顔を作り、スカートをつまみ淑女の礼をする。
「──やあ、どうしたんだい、今日は何か約束があったかな?」
まるで何事もなかったかのように、いつもの優しい語り口になる。
私が聞いてなかった可能性にでもかけたのだろうか。馬鹿らしい。
「いいえ。天気がしばらく良いらしいから、ピクニックのお誘いでもと思ったのだけれど……お話が聞こえてしまって、気が変わったわ」
「あの、あのねパティー、さっきのは冗談で──」
「もうパティーと呼ばないで頂ける? ギルモアもこんな地味で影の薄ーい女と、幼馴染みとはいえ長ーい間友人付き合いをして頂いて感謝するわ。ただ私も侮辱されたまま付き合いを続けていくつもりはありませんの。あなたとお会いするのもこれきりですわね」
「待って! いや違うんだ、本当はそんなこと思ってなくてっ」
「よろしいのよ。私は友人も少ないですし、誰にもこんな恥ずかしい話を広めるつもりもありませんわ。それでは失礼致します」
「パティー!」
ギルモアの声を無視してきびすを返すと、オロオロしているメイドに軽く頭を下げ、私はそのまま屋敷を後にした。
(……地味で人に迷惑をかけたのかってのよ。若い女は印象深くて華がなきゃ恋愛や結婚する価値もないって言うの?)
すたすたと早足で歩きながら、私は必死にこぼれそうになる涙をこらえた。
ずっと子供の頃からギルモアしか見てなかった。一緒に遊んでくれて、勉強を教えてくれて、優しい二つ上のお兄さんから、次第に恋愛対象として見るようになったのはいつだったか。もう遠い遠い昔だ。
黙々と自宅への道を歩きながら、私は思った。
幼馴染みですら恋愛相手として見られないということは、見合いなどをしたところで結果は予想できるではないか。
私には結婚をするチャンスは限りなく低いということだ。
十八歳になる前日にそんなことを確認させられるのは最悪ではあるけれど、逆に考えれば、今後の生き方を考えるのは早まっただけである。
小さな領地ではあるが堅実経営。そんな我がケイロン男爵家には二つ下に弟のルーファスがいるので、跡継ぎには困らない。
だが私が結婚もせず実家にいたままでは、この先弟のお嫁さんになる方に多大なる迷惑がかかる。
願わくばどこかに嫁げれば良かったが、今となっては夢物語である。
(……仕事を探さなければ)
私は足を止めた。
そうだわ。私一人でも生きていけるように働こう。家にも仕送り出来るようになれば、ケイロン家の生活の足しにもなるじゃない。私も行き遅れとして家族に遠慮しながら肩身の狭い思いをして生きて行くなどまっぴらである。
「仕事さえ出来れば、私を必要として下さるところもあるわよね」
くるりとまた方向転換をすると、町の職業あっせん所へ向かってまた黙々と歩き出すのだった。
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