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第二章 資料室
1 仙人
今日は顧問が不在のため部活もない。午前中の講習が終わって暇である。私はある計画を果たすために、教員室に向かった。
教員室のカウンターから、お目当ての先生を探す。見当たらない。掲示板を見ると、中一の授業に出ているらしい。
交流スペースに座って待っていると、現れた。西先生である。数学の問題集をもって近寄る。付箋を貼った問題について質問すると、その場で立ったまま解説してくれた。寝ているのか起きているのか分からないが、とっさの質問にもちゃんと答えてくれる。お礼を言い、ついでなので先生の席まで荷物をもって差し上げた。さて本題はここからだ。
「ありがとうございました先生。ところで、美術の夏目先生を教えてらっしゃったって本当ですか?」
「ええ? 誰?」
いろいろと言葉を変えて、ようやく顧問のことだと分かってもらった。
「ああ、夏目さんね。教えてましたよ。彼女は確か、生徒会長だったんですよ」
「あの、先生。夏目先生は生徒会長なんてしてないっておっしゃるんです」
「謙遜しているんでしょう……」
まじか。あれは奥ゆかしい謙遜と言うものだったのか。
「な、なるほど……」
「私の言うことは聞かなくても、夏目さんが一言いえば、生徒たちがみんなちゃんと言うことを聞くんだから、大したもんだったよ」
「それは……すごい」
それが真実なら顧問は数年の間にそのカリスマ性をどこに置いてきたんだ……。
「あの子たちの学年は元気で、だいぶいたずらもしたようだけど、肝心なところはちゃんとけじめがついてたね」
今の中一はけじめがつかなくて、と小言をおっしゃる。
「まあ、まだ中一ですから……」
西先生の向かいの席から、話に入ってくる先生がいる。困ったような笑顔の、確か英語の藤澤先生だ。
「高校生になればまとまってくるものですよ」
藤澤先生はそう言って私に同意を求める。私に聞かれても分からない。高校生になれば、確かに雰囲気は落ち着くし、授業も表向きはきちんと聞くし、決め事もすっと決まる。揉めない。これをまとまっているというのかは知らない。西先生は、藤澤先生のとりなしをスルーして自説を展開し続ける。私は二人の先生の顔を見比べ、両者に向けてあいまいに頷いた。
「今の子達は静かで、ばらばらなんですよ」
西先生はそう言うと腕を組んで目をつぶってしまった。老師は瞑想に入られたのだろうか。
「せ、先生……?」
残された藤澤先生と私は顔を見合わせた。私が帰ろうとすると、先生が手招きする。
「美術部の部長さんよね」
私が先生の席に移動するや否や、声を潜めて聞いてくる。
「えっ、はい」
「夏目先生とうまくやってる? 大丈夫?」
習ったこともない先生にそんなことを言われて驚いた。私が顧問を探しまわっているのは校内でも有名なのだろうか。昨日のドライブを思い出す。昨夜もおかげで二次創作がはかどった。ストーカーじみてきているという自覚はある。しかし今のところ、私の携帯以外にそれを知るものはいないはずなのだ。
「……はい、なんとか」
はいと答えるまでに相当目が泳いだ気がするのだが、藤澤先生は特に突っ込んでは来なかった。
「それならよかった。あの人、あんなだけど、絵に関しては本当にすごいから。いろいろ教わってね」
藤澤先生はそれだけ言うと満足したように、また仕事に戻ろうとする。だが、私は疑問だらけである。
「先生は、夏目先生と親しいんですか?」
「え?」
藤澤先生は私の顔を見て、ハッとしたように頭をかいた。
「そうだ、ごめんね。突然話しかけて。少し話が聞こえちゃったから。夏目さんの話してたでしょう」
顧問を夏目さんと呼んだ。きょとんとしていると、藤澤先生は立ち上がってちょっとと手招きした。私は訳がわからぬまま先生にくっついて、交流スペースの一番隅のテーブルまで移動した。
「西先生のさっきのお話ね、たぶんお姉さまのこと仰ってるのよ」
「はい?」
「夏目先生のお姉さま」
衝撃の事実である。
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