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それからも、海辺での生活は続き。
時には外の世界へも旅をした。今は海沿いの道を、車でひた走っている。久しぶりの遠出だ。
俺の傍らには、いつもヴェントがいる。
そして──。
ふと気配を感じて振り返ると、笑んだ彼がそこに腕を組んで座っていた。
きちんと髪が風になびいでいるのが凄いと思う。まるで、本当に生きているのと変わらない。
「んだよ、またいんのか?」
振り返ったままの俺に、ハンドルを握っているヴェントは、正面を向いたまま、そうぼやく。
「いいだろって。俺だって旅を楽しみたいんだってさ」
「ったく。言っとくけどな、俺とソアレの邪魔だけはすんなよ? アステール」
「あ、消えた…」
ヴェントは舌打ちする。
「あいつ…。こっちが落ち着かねぇんだよ」
「気にしなきゃいいだろ? 別にアステールに見られたってさ」
「俺は嫌なんだよ。てか、たまにあいつが乗り移ってる気がしてな…」
「あ! それ、俺もたまに思う…」
「あぁ?」
「なんか、こう、してる時…。あれ? って…」
俺がしどろもどろになって答えると。
「マジかよ」
ヴェントは髪をかき上げる。
そうなのだ。ヴェントに抱きしめられている筈なのに、ふと、気配にアステールを感じる時がある。
ヴェントは宙を睨んだまま。
「おい、アステール。聞いてんだろ? 勝手に俺の身体使うんじゃねぇよ。…まあ、たまになら仕方ねぇが…」
「え? いいのか?」
「嬉しそうな顔すんなよ」
「違うって。驚いたんだよ。お前、そういうの嫌だろ?」
するとヴェントは苦笑して。
「相手があいつじゃな。敵わねぇだろ? それに、この世にいる奴じゃねぇからな。…それごと、お前が好きだって言ったろ?」
ぽすりと大きな手が頭上に降ってくる。俺は溢れだす感情が収まらず。
「ヴェント。大好きだ…」
運転席に座るヴェントの側へ身を乗り出し、その頬へキスをした。
これからも時は流れていく。
いつ、その生が終わるかは分からない。
けれど、それまでは──。
「っまえ、運転中にあぶねぇだろ?」
言葉とは裏腹に頬を赤くするヴェントがいる。
「お前がそんなことで動揺するなんて、思えないな」
「動揺するに決まってんだろ? …好いた相手なんだからな?」
大きな手が、頭を胸元へ引き寄せる。
「ん」
その広い胸に身を預けながら、目を閉じた。
これからも、この傍らに寄り添う男を、生きている限り愛し続けるだろう。
それでいいんだろ? アステール…。
ふと、一羽の水鳥が視界を横切った。潮風が頬に心地いい。
目の前には、深く蒼い海と、高く広い青空が広がっていた。
『俺は何があろうとも、お前と共にいる。愛している。ソアレ──』
ー了ー
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