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第5話 思い
遠くで誰かが話している声が聞こえた。
ヴェントとアステールだろうか。太く低い声音と、よく聞きなれた落ち着いた声音。
身体が熱くてたまらない。自分が燃えているようでこのまま消えてしまうのではとさえ思えた。
薄っすら目を明けると、アステールの顔があった。いつになく心配そうな様子だ。
俺、また何かしたんだっけか? ──ああ、そうだ。狼に襲われて──。
いや。違う。
モンスターに襲われて、それで──。
アステールが何か言っている。水とか、薬とか、そう聞こえた。喉が渇いて仕方がない。身体を少し起こされて、枕が背に当てられる。
水、欲しい、かも。
アステールが傍らに座って屈みこんでくる。
相変わらず綺麗なアイスグレーだ。ただ、今日は泣いているようにも見える。
でも気のせいだろう。アステールが泣くなんて。
あの日以来、アステールが泣いている姿は見たことがない。
あの時、狼に襲われて、気が付いた時にはアステールの泣き顔があった。顔をくしゃくしゃにして、涙をぽろぽろこぼして。
今では想像も付かない顔だ。
あの頃、アステール可愛かったよな。
今みたいに、口やかましくなるなんて、誰が想像できたか。
また、アステールに心配、かけたんだな。
そんなアステールを思い出しながら顔をぼんやり見つめていると、そのまま近づいてきて、唇に冷たい感触が触れた。
でも、柔らかく温かい。流れ込んで来た液体に、水をのまされているのだと理解する。ついで薬を含まされる。苦味が口に広がった。
これ、前にも──。
いつだったか記憶がはっきりしないが、やはり似たようなことがあった気がする。
始めは驚いたが、そのうち気にならなくなった。
アステールなら、別にいい──。
与えられる水と共に、冷たい唇が心地よくて、もう少し感じていたいと思ってしまう。
三度目の後、流石にもういいと首を振ると、アステールの吐息が頬に触れた。小さなため息だ。
俺が弱いからだ。俺が強ければ、こんなにアステールに心配を掛けないですむ──。
もっと強くなりたい。俺は誰よりも強くなる。だから、それまではごめん。
──アステール。
アステールの眼差しを感じながら、俺は再度目を閉じた。
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