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その後、ヴェスパを二日がかり、ぶっ通しで走り倒しその領地を抜けた。
そのまま南下し、王都ルークスに近い辺境の村へと向かう手はずになっていた。しかし、そこまではまだ遠く、陸路で行けば数週間はかかる。
「まあ、早ければいいってもんでもねぇしな。グランツ、味方はどうなってる?」
運転中のヴェントの問いに、後部座席で休んでいたグランツは。
「王都の辺境の村や町にそれぞれ、潜伏させているが、直ぐ使える兵は千もいないな。結局は王都の中にいる奴らの力頼みになるだろう」
「テネーブルの手勢は多いのか?」
同じく後部座席で横になって眠るソアレの頭を膝の上に抱えるようにして、アステールがグランツに顔を向ける。
ソアレはすっかり身支度を整え、Tシャツに動きやすいパンツスタイルになっていた。
「いや。連れてきた兵はごく僅かだ。だが、そのフードの男が厄介でな…」
「厄介とは?」
もともと、要注意人物として探ってきた相手だ。すると、助手席にいたブリエがため息を一つ付きそれに返す。
「…モンスターです。初めはそう大した量ではなかったのですが、今は城近くの森を切り開き、大型の施設を建設し、その中でモンスターを大量に生産しています。先ほど、庭にいた猟犬の様なモンスターと同質です。それに、もっと巨大なものも…」
「街中に放ってるのか?」
驚いてヴェントが傍らに目を向ける。するとブリエは首を振って。
「いいえ…。ただ、来る決戦に備えて、準備していると言った所でしょうか。今はまだ各自檻等に入れて管理している様です。ただ、あれが放たれると厄介です。モンスターはどうやら敵味方の判別ができるようで。全てそのフードの男の力の様です」
「そのフードの男の正体は知れたのか?」
膝の上のソアレが身じろぎしたのを気遣いながら、アステールが続ける。グランツは顎をかきながら。
「それなんだが…。やはりその後も奴の近辺は探れなくてな。代わりにテネーブルの身辺を探り奴との繋がりを調べてみた。で、分かった事だが、どうやらフードの男は元々、薬師としてテネーブルに雇われたらしい。各地を流れて生きている流浪の者たちの仲間だったらしいが、かなり腕の立つ薬師らしくてな。テネーブルはもともと身体が強くなかった。そこで有名なその男を召し上げたらしいが…」
「そこで繋がりができたと? しかし、たかが一介の薬師をどうしてそこまで?」
首をかしげるアステールに、ブリエが答える。
「かなりの美貌の持ち主の様です。それで、テネーブル様が気に入り側に置くようになり、薬の他に怪しげな占いや魔法も使うその男の虜になったようで──。今は言うなりです」
「…ったく。情けねぇな。レーゲン様の弟とは思えねぇ」
ヴェントがため息混じりに片手で髪をかき上げながら。
「そういや、ソアレにも一時期執着してたってな?」
「…ああ。そうだ。十五歳の成人式前にソアレに手を出しかけたことがあった。なんとか阻止できたが、あれは嫌な思い出だ」
アステ―ルはそう言って苦い顔になる。ヴェントは深々とため息を吐くと。
「自分の甥にも手ぇ出すんだ。ったく、ろくでもねぇな…」
「しかし、ソアレも以前口にしていたが、テネーブルは小者だ。レーゲン様を討つなど、思っていたとしても、行動になど移せるような人間ではない。そのフードの男が全てを握っているのだな…」
アステールの言葉に、グランツは頷くと。
「全ての元凶はそのフードの男だ。偶然見たものによると、黒い髪に赤い目を持つかなりの美丈夫だそうだ。いつもテネーブルの側に控えているわけではないらしいが、こっちが突っ込めば姿を見せるだろう。かなりの魔力を持つらしい。今まで歴代王のみが守ってきた星の石も扱えるらしいからな。厄介な相手だ…」
星の石とは、遥かな昔、初代王が神から授かったとされる、星の源と繋がる石の事だった。
魔力のあるものにしか扱えず、それは王の魔力と石の持つ力によってこのヴェネレを守ってきたものだ。
しかし、今はそれを守るものは失われ、放置されるのみと思われていたのだが。
「確かに…それは厄介だ」
石は星の力を源とするため、相当の魔力がなければ扱えない。
それは国を守るためにも使われていたが、扱う魔力さえあればどんな力も発揮するという。
国に繁栄をもたらすのも破壊に導くのも、力を持つ者の思うままと言うことになる。
もし、それを悪用しようとすれば、できるのだ。それをそのフードの男はやってのけているのだろう。
アステールは深いため息をつく。
魔力を持つ者には同じく、魔力を持つもので対抗するしかない。
アステールは視線を眠るソアレに落とした。唯一、その男に対抗できる魔力を持つのはソアレだけだろう。
グランツも各地にいる魔法を扱える者を集めてはいるようだが、それでもソアレの力には匹敵しないだろう。
それはそうだ。国を統べるために与えられた力なのだ。一個人の持つ力とは訳が違う。
ソアレが見せた、新たな魔法の力。あれは、確かに攻撃を防いでいた。
全ては守るために発動している様に思われる。あの力が確立しているならば、何らかの手だてにはなるだろうが。
本人さえその力に気づいてはいない。
そんな不確かな力で、フードの男に対抗できるのか。危険な賭けをソアレにさせたくはなかった。
グランツにはまだそんな力があるとは伝えていない。もし、知るところとなれば、その力をフードの男へぶつけようとするだろう。それに、ソアレ自身もそれを買って出るに違いない。
ああでも──。
その前に、あのフォンセの力だ。ソアレにひっ敵するだろうあの魔力。
彼の協力を得られれば、そのフードの男にも対抗出来るかもしれない。
しかし──、それは無理だろう。
あの男が協力するとは思えない。それに、個人的にも求めたいとは思わない。
協力を求めれば、何らかの見返りを求めるだろう。それが何なるのか検討はつく。膝の上のソアレに目を落とす。
もう、手放しはしない。
ソアレはあの後、車の中でぽつりぽつりと皆と別れてからあった出来事を語りだした。
フォンセにこの先待ち受ける暗い未来を、先が見通せるという石を通して見せられ、それを信じてしまったこと。
それで怖くなり、先へ進むことができなくなったこと。けれど、アステールの説得によりもう一度、皆と行くことを決めた事。
ソアレは、自身が見た景色を具体的に皆に語ることはしなかった。それは、伝えるには余りにも過酷で。
ただ、辛い未来が待っていたと、それだけだった。
「…アステの言葉を受けて、未来は決まってはいないって、俺もそう思えたから…。確かに怖くはあるけれど、そうして逃げても結局は解決にはならない。俺は、皆が生きて幸せをつかむ未来を、必ず見つける…」
それは、元々争いを好まないソアレにとって覚悟を持った言葉だった。
「でも、それにはきっと皆の力を借りないとダメで…。俺はまだ全然頼りないし未熟だ。それでもなんとか、光のさす未来を見つけたい。だから──力を貸して欲しい」
すると、ヴェントが後部座席からソアレの頭をくしゃりと撫で。
「お前が行く先の露払いくらいできる。頼っていい…」
「俺だって、俺なりにソアレの役に立てるよう頑張る。そんな未来なんて、笑い話できるようにね?」
カルドが明るい笑顔を見せる。グランツはブリエに目配せした後。
「俺は、お前が王として立たないなら、それでもいいと思った。だが、立ってくれると言うなら、これほど嬉しいことはない。…レーゲンもお前の決めた道なら喜んで応援するだろう。よろしく頼んだ」
「…ありがとう」
皆の言葉を嚙みしめるように、ソアレは頷いて見せた。アステールはその傍らで、じっとそのソアレを見つめていた。
皆を守るため。ソアレはきっとその命さえ、差し出す覚悟がある。
けれど、そうはさせない為、自分はソアレの傍らにいようと決めていた。
例え、その魔力に頼らざるを得ない状況になったとしても、ソアレを守り抜いて見せる。
二度と側を離れない。
今は健やかな寝息を立てるソアレに、アステールは決意を固めた。
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