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《猫》
缶コーヒーを渡すと、彼女は嬉しそうに笑った。何だか表情も雰囲気も違って見えた。少しだけ空洞に温かいものが混ざった感じだった。
さっきのように、彼女が二本の煙草を口にくわえ、火をつけた。雪は少し弱まってきたらしい。だが、地表が冷えた分だけ、気温は下がっていた。
俺たちは、ぽつぽつと、他愛のない話をした。たとえば好きな食べ物や、好きな音楽のジャンル、好きな動物や、昔やった遊びのこと。
あえて恋愛の話は避けた。彼女はそもそも恋の何たるかを知らないようだし、俺はずっと一人の女の子しか見ていなかった。盛り上がれるほどの楽しい記憶はどちらにもなかった。恋愛の話になったら、互いに落ち込んでしまうことが分かっていた。
一本の煙草を時間かけて吸い終わり、吸殻を携帯灰皿に落とした。自販機に行ったら、園内禁煙って書いてあったよ、と言うと、彼女は、人がいたらの話でしょ、と笑った。こんな雪の日に、しかも屋外で火事なんてそうそう起きませんし、誰にも迷惑かけてないんだから、別に吸ったっていいんです、なんて言った。見かけによらず根性あるね。根性がなければトロフィーワイフにはなれません。そうやって二人で笑い合った。
きっと根は素直でいい子なんだろう。普通に恋をしていれば、人並み以上の幸せを得られたはずだ。どうして金に取り憑かれたのか、どうしてトロフィーワイフなんてものになろうと思ったのか。金で苦労したことがあったのかも知れないし、そういう教育を受けたり、手本となる人物がいたりしたのかも知れない。しかし、それを訊ねたところで答えはあってないようなものだった。人生には無数の分岐点がある。一つずつ選択肢を選んでたどり着いた今を悲観し過ぎるのは良くない。
俺たちはまた手を繋いだ。今度はもう片方の手に温かい缶を持っている。たとえすぐに冷めてしまっても、この場この時の温もりは確かにある。
あ、猫ですよ、と彼女が言った。
遠くのベンチの下で、白猫が身をこごめている姿が見えた。雪にまぎれて気づかなかったが、そいつは警戒するように、こちらをじっと睨めつけている。
きっと寒いんですよ。温めてあげたいな。
どうやって。近づいたら逃げちゃうよ。
私、ひらめきました。あなたがヒントをくれたんですよ。
何事かと思ったら、彼女はぴょんとブランコから飛び降りた。そのままどこかへ行ってしまう。そうして、数分が経過した。彼女が、何かをやり遂げた顔で戻ってきた。
何してたの、と訊くと、彼女は俺の手を引き、立ち上がらせた。まるで父親を急かす子どものように嬉々として公園を横断する。ああ、なるほど、と思った。猫のいるベンチから自販機に向かって、多数の缶紅茶や缶緑茶で五つのサークルができている。ちょうど猫が一匹その中で温まれるような、温もりのあるケージだ。その周りは雪が解けており、缶の温度が下がっても、いずれは熱を出す自販機にたどり着ける仕組みだった。
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