《出会い》

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《出会い》

 しんしんと雪の降る日、俺は彼女に出会った。  誰もいない、白銀に凍えた公園で、彼女は独り、ブランコを揺らしていた。  話しかけようとは思わなかった。不審者扱いをされたくなかったし、何よりも他人と関わることが億劫だった。  だが俺は、彼女が涙を拭う場面を見てしまった。空に手を伸ばし、降りくる雪を掴みながら泣いている姿を──。何故だか、唐突に、話を聞いてあげたくなった。俺は白い地面に一つずつ足跡を刻んで近づき、そっと彼女に声をかけた。どうして泣いているの、困ったことがあるなら話してみてよ、なんてありふれた言葉で。  彼女がこちらを向いたとき、俺は目を(みは)った。なんて美しい女だろう。けれどもその美しさは表面を満たすばかりで、まるで精巧にできたお人形のように見えた。彼女には人間が持つべき奥深さがなかった。過去も、現在も、きっと未来も、この女は全てを偽り、自らをごまかし慰めて生きていくのだろう、と思わずにいられなかった。  そのまま立ち去っても良かった。だが俺は、彼女の隣のブランコに腰をおろした。何かを語るつもりは毛頭なかった。ただ少しだけ一緒にいれば、彼女の心に火が灯ることを直感していた。コートのポケットからミルク味の飴玉を取り出し、口の中で転がした。ほんのり甘い飴玉は身体を温めてくれないが、どことなく、平常の自分を保つことができた。  しばらくそうして過ごしていると、彼女はやがて須藤汐美だと名乗った。返事をしなくても構わないから、愚痴を聞いてください、と言ってくる。俺は一度ブランコを降りて、自販機で缶コーヒーと缶紅茶を買ってきた。紅茶を彼女に渡し、俺はコーヒーのタブを引いた。口の中の飴玉と混ざり合ってミルク感が粘りついた。ブラックにしておけば良かったなあ、と思いながらも、彼女が話し出すのを静かに待った。  須藤汐美は、缶紅茶をカイロ代わりに両手で持ち、なかなか話し出そうとしなかった。よほど話しづらいんだろうか。どうせ失恋話だろう。世の中の半分は男だから安心しろ、とでも言ってやろうか。そう思っていると、トロフィーワイフという単語が飛び出した。夫は五十代半ばという。彼女はどう見ても二十代前半だ。片や男は美少女と呼んでも遜色のない妻を得て、片や女は若さに似合わぬ(ごう)(しゃ)な生活を得た。考えても、別に羨ましくはなかった。双方両得ならば文句もないはずだ。何故に泣いているのかも分からない。仮に夫が不倫したとしても、真実の愛を求めて結婚したわけでもなかろうに。ハイレベルな生活の代償として多少我慢することがあっても、それは許容の範囲だろうとその瞬間は思った。
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