《出会い》

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 しかし、俺の浅い考えは、涙の本質を捉えられなかった。  確かに彼女は、自ら進んで、トロフィーワイフの道を選んだらしい。その点に嘘はおそらくなかったと思う。現在の資産、未来に手にする遺産、周囲の評価、夫が他界した後の夢──鍛え上げられた美貌によって獲得したものは大きく、何もかもを叶えられる立場であることは、まさしく彼女が手に入れたステータスであったに違いない。  それなのに、彼女は数日前に気づいたという。全てが空々しいものであることに、手にした全てが単なる虚栄であることに。  きっかけは恋愛映画だったそうだ。あんなものは作り物だと馬鹿にしていた女が、泥臭く、全然きらきらしていない古風な純愛に心を打たれた、と言った。小さな喜びを分かち合う姿や、人生の崖っぷちで支え合う姿に涙した、と言った。  対して自分は何だろう。命を投げ出しても惜しくないほどの何を掴んだだろう。華やかな生活に憧れていた。買いたいものを買い、食べたいものを食べ、出かけたい場所へ行き、周りの女に羨ましがられる。トロフィーワイフとなって、それらの欲望は完全に満たされたはずだった。宝石も、高級料理も、海外旅行も、カード一枚で何でも手に入る。だが、物を買えば買うほど虚しくなった。高価な食材は食べ飽き、旅行をしても疲れるばかり。なまじ貞操観念を持っているから、夫以外の男に対して意欲的になれない。それ以前に恋を楽しんだ期間は、学生時代を含めて一度もなく、常に男を見透かした人生だった。  自分を高めていけば、これ以上ない幸せが転がり込んでくると思っていた。しかし現実は、宝石や貴金属と同じ。男の身に自分をつけてその男を満たすだけの存在に成り下がっていた。  恋を知らない。本当の愛なんて分からない。震えるほどに誰かを求め、そして求められたこともない。だのに一日一日と年を取っていく。若さを失い、美貌が衰えたとき、一体何が残るだろうか。いつ捨てられるかも知れない恐怖と戦いながら、ひたすらに(ぜい)を極めていく女の末路は、かつての自分が描いていた理想とかけ離れ過ぎている。それがすでに忍び寄ってきているのです、と彼女は言った。  どうやら彼女の夫は、基本的に同性愛者らしかった。複数の家を持ち、そこで若い男を囲っているという。よって彼女と性交渉は一切せず、しかし、浮気をしないように目を光らせている男のようだった。彼女は若い肉体を持て余し、喫煙や飲酒などで感情をぼかした。当然ながら夫婦であれば、一つや二つは問題がある。単にそれが身体のつながりがないだけのことに過ぎない。そう思えばこそ、耐えることはできた、と言った。
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