《ふたり》

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 励ましたつもりだったが、俺は自分の言葉に打ちのめされた。地道にこつこつ頑張っても、他人から認められるとは限らない。俺のような前科者は、アルバイトの面接さえ偽らないと受からない。人生は決して甘くない。だから人々は金持ちや著名人を妬み、あわよくばおこぼれに(あずか)ろうとする。トロフィーワイフなんて、ザ・利用価値そのものだ。  でも、俺には彼女を憐れむ気持ちがあった。人間には誰だって判断を誤るときがある。金持ちと結婚したいというのは、おそらく全女子が思うことだろうし、清貧だの慎ましいだのシンプルだのと言ったところで、誰も貧乏に身を落としたくはない。だから、美しさという武器があるならば、トロフィーワイフも一つの選択肢であるだろう。それを誇りに感じる女もいれば、彼女のように苦しむ女もいる。ただ、それだけのことだ。  俺は自分自身のことを、人の気持ちに対しての感度が高い人間だと思っていた。ゆえに過去、一人の男を殺すほど殴ってしまった。その男は今、脳に障害を抱えながら生きている。そのこと自体に後悔はなかったが、引き金となった幼馴染の心に消えない傷を作ってしまったことがとても悔しかった。  あの子の傍にいたら、いつまでもあの子を苦しめてしまう。分かっている。いつかは決別しなきゃいけないって分かっている。でも、今はまだあの子のことを見つめていたい。事件以降、笑うことを忘れてしまったあの子が、もう一度心から笑ったとき、俺は静かにこの街を出る。未練のようなものを断ち切って、すっぱりと、旅立つつもりでいる。  俺にも人並みに恋をしていた時期があった。恋愛映画のようにきれいなものじゃない。所詮は叶わぬ恋だけど、その人のことだけを考えて、情緒不安定になるぐらい、好きだった人がいるんだ。でもね、君が思うよりも大きな苦しみを背負うこともあるんだよ。人を好きになることは活力にもなるけど、逆に鬱になることもあるからね。  まあ俺なんて、偉そうに語れるほどのもんじゃないけど、と笑ってみせた。すると、俺の手を彼女がぐっと握り返してきた。そしておずおずと、大まかなあらすじでいいので、あなたの恋の話を聞かせてください、と言った。叶わないって分かっている恋を貫く心境はどんなものですか、なんて言った。  話すことは別に苦じゃなかった。あの子に何かを期待しようとも思わない。ただ幸せになってほしいのだ。俺の人生が狂ったのは自分の責任だ。あの子を傷つけたあいつが許せなかった。だからあの子が責任を感じることはない。  いいよ、あらすじだけ話そう。もう一本煙草をもらってもいいかな。そう言うと、須藤汐美はその唇に二本の煙草をくわえ、両方に火をつけて、片方を俺にくれた。間接キスですね、なんて笑うから、そりゃ光栄だ、と笑んで応えた。しかし、フィルターについた口紅は、特段性的な魅力を持ってはいなかった。
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