《ふたり》

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 ああ、雪が目に染みるなあ……。  ぽつり呟くと、須藤汐美は一緒になって泣いてくれた。嬉しさよりも何だか可笑しかった。今日の雪には酸でも入っているのかな。冗談で言ったら、それは人生が酸っぱいからかも知れませんね、と返ってきた。  確かに、人生は酸っぱいかもなあ。でも、無味無臭もつまらないよな。()()いぐらいの味があった方が、(のち)(のち)話のネタになるじゃないか。俺はコーヒーをぐいっと(あお)った。胃の奥に、(なま)(ぬる)い液体が落ちていく。いやに苦いミルクの余韻が、口腔内に広がった。  ねえ、と隣から呼びかけられた。  私は魅力がありますか。今のあなたを癒せるような何かがありますか。さっきから身体が冷えて仕方ないんです。温めてくれませんか、と切なげに言った。  俺みたいな男に、君は汚されるべきじゃない。俺は、君の空洞を埋められるほどの何も持ってはいないよ。だって、君の心の空洞は、あまりにも大きいみたいだから。  遠慮する必要はなかった。どうせもう二度と会わない女だ。だからこそ、一夜限り抱いてみても良かったかも知れない。きれいな女をものにして、瞬間的な快楽を味わっても良かった。だが俺は、何の関係もないくせに、幼馴染のあの子を裏切りたくなかった。  初めて会ったのに、そこまで見透かされるなんて、私は本当に空っぽなんですね。彼女は寂しい笑みを浮かべた。その上で、表面だけ勝ち組の立場を(けな)すように言った。  何の計算もなく、男の人に惹かれたのは初めてです。私にとってあなたは、ものすごくどうでもいい存在。だから今日の恋は、絶対に長く続きません。でも、今この場面では、ものすごく大切な存在。私は、あなたを手に入れたい。必要なだけ、お金は払います。それでもだめですか。  金の力は人を買えるほどに強い。金持ちの気まぐれで俺が背負うものを帳消しにできるなら、と心が揺らいだ。だがそのとき、強烈にあの子の顔が浮かんだ。俺はあの子と結ばれてはならない。絶対に結ばれるべきじゃない。ならばせめて多額の慰謝料を、またはその一部を手に入れることは、誰からも批判されるまい。須藤汐美がそれを望んでいる。ギブ・アンド・テイクの図式は完璧に成り立つ。それなのに俺は、首を縦に振れなかった。あの子に対して清くいたかった。なんて()()()()だ、と自らを笑った。
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