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しかしそんな風に考えて居る私に対して、寺岡さんはその表情を変えぬまま、いかにもこの業界人らしい、模範的な返答をする。
「そうですねぇ、たしかに愛情なんてモノは、人それぞれである筈です。けれどそれに気付けずに、自分にはそれが他人よりも不足していると考えてしまう人もいます。そういう人達に、『大丈夫ですよ』って言いながら、手を差し伸べることの出来るこの仕事は、私は大切だと思いますよ」
そう言いながら、上司は自分のデスクで仕事を始める。
私はその姿を見て、その言葉を聞いて、今の自分の浅はかな経験では、返せる言葉が何一つないことを、思い知らされる。
そしてその代わりに思い出したのは、数週間前にウチの会社に来た、とある女性についてのことだった。
だから私は、そのときのことを、この上司に話したのだ。
彼女が来たのは、お昼近くの午前中だったから、よく覚えている。
そもそもこんなところに、午前中のうちに訪れる人の方が少ないのだ。
大抵は、もう少しお昼を回った頃の時間に、ちらほらと人は訪れる。
だからまぁ、珍しいと言えば、彼女は珍しいお客様だった。
「あの...受け付けはここでよろしいのでしょうか...?」
そう言いながら、その女性は少しだけ緊張した様子で立って居た。
けれど身につけているモノは、ブランドに疎い私ですら分かる程の代物で、その総額だけで、私の月給全てを賄えてしまえるのは確かだった。
けれどなぜだろう...
何故だかその、目の前に立つ彼女の姿に、私は何とも言えない違和感を感じてしまう。
それでも、そんな得体の知れない違和感を感じながらも、私はお客様である彼女に対して、接客を行うのだ。
「はい、こちらで受け付けます。それでは、こちらの書類にご記入頂いて、少々お待ち下さい」
そう言いながら私はマニュアル通りに、彼女に個人情報と、ウチの企業を利用したい理由、その二つを記入してもらうための書類を渡した。
書類を記入してもらっている間、私は彼女に対しての面談の準備をする。
これはウチの企業だけではなく、愛情のレンタル業者はどこも、法律で面談が義務付けられているためだ。
そして面談室の準備を終えると、彼女をその部屋に呼ぶ。
部屋に入ると、彼女は着ていた高価なコートを脱いで、それを椅子に掛けて、そしてそのままの流れで、その椅子に座る。
その彼女の動作にも、やはり少しだけ違和感を感じたけれど、その違和感も含めて、面談を通してわかるだろうと思ったので、私も彼女の正面に座って、マニュアル通りの対応で、面談を行った。
「それでは、今日お越しいただいた件について、簡単な面談をさせて頂きます。本日担当いたします、愛原です。よろしくお願い致します」
そう言いながら、私はなるべく深く、彼女にお辞儀をする。
そしてそんな私を見て、彼女は少しだけ戸惑った様な声で、言葉を返す。
「...はい、よろしくお願い致します」
そして彼女は、その言葉の後に、ゆっくりと、愛情をレンタルするための理由を、話し出したのだ。
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