第二幕 諸仙惠《チェ・ソニェ》

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ

第二幕 諸仙惠《チェ・ソニェ》

「――世子嬪(セジャビン)様。貰冊店(セチェクチョム)の娘が参りました」 「通すがよい」  世子嬪宮の中、お決まりのやり取りが済むのを、スリョンは世子嬪の私室の前で待った。やがて、女官の手で開けられた扉の内へ歩を進める。  携えてきた包みを一旦足下へ下ろすと、肘を上げて右手を上に両手を重ねる。しかし、当然の義務として拝礼(チョル)をしようとしたスリョンを、世子嬪――諸仙惠(チェ・ソニェ)が「挨拶はよい」と止めた。 「座りなさい」 「……はい、世子嬪様」  小さく頷いて、スリョンは下座に腰を下ろす。それを見届けると、ソニェは顔を上げ、スリョンの背後にいた尚宮(サングン)〔最高位の女官〕に声を掛けた。 「(チュ)尚宮」 「はい、世子嬪様」 「しばらく、この娘と二人で話したい。悪いが、人払いを頼む」 「かしこまりました」  チュ尚宮、と呼ばれた女官が、一礼し、静々と退出していく。タン、と軽い音がして扉が閉じられ、室内が一瞬の静けさに包まれた。 「……さ、これでゆっくり話せるわ」  ソニェは、世子嬪らしからぬ口調に言葉を崩し、スリョンに向き直る。 「今日は、何を持ってきてくれたの?」 「あ、……はい。先日お持ちしたものの続きを……」  スリョンは、包みを捧げ持つと、ソニェの文机(ふづくえ)の前へ膝行(いざ)り寄った。手早く(ほど)いた包みから、数冊の書物を取り出し、文机に置く。 「やっと筆写が終わったので」 「まあ、ありがとう。ゆっくり読ませていただくわ」  一番上の一冊を手に取り、最初は嬉しそうに微笑していたソニェは、ふとその表情を陰らせた。 「ところで、スリョン」 「はい、世子嬪様」 「あなた、その……最近、『あの方』にお会いした?」  手に取った書物を元通りに置きながら、ソニェが口を開く。 「えっ……あ、は、はい……その」  ソニェが言う『あの方』を瞬時に思い浮かべたスリョンは、先刻性懲りもなくまた求婚されたのを思い出す。 「……ええ、訓錬院で」 「そう……」  伏せた目の下で、ソニェは寂しげに笑った。 「あなたが、羨ましいわ」  彼女の白い指先が、書物の表紙をそっと撫でる。 「誰憚ることなく、あの方に会えるんだから――」
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!