第三幕 彩雲君《チェウングン》

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第三幕 彩雲君《チェウングン》

 ソニェの境遇には、少し同情する。  彼女は、想う相手がいながら、世子嬪(セジャビン)揀擇(カンテク)――世子(セジャ)〔皇太子〕の正妃を選抜する試験へ参加させられ、世子嬪に据えられてしまった。  世子嬪になりたくて堪らない女性には羨望の的だろうが、そんなことはソニェには関係ないだろう。ただ。 『あなたが羨ましい。誰憚ることなく、あの方に会えるんだから』 (……なーんて言われたって、あたしは嬉しくないし!)  思わず脳内で呟いて、帰路の道端にあった小石を蹴り付ける。 (……それに、あたしは知ってる。世子嬪様の言う『あの方』は、ヒョヌ兄様じゃない)  考え始めると、何だか腹が立ってくる。  ソニェとスリョンは、一つしか年齢は違わない。  ソニェはもう世子の妻で、ヒョヌがどんなに想っても結ばれることはないのだ。それに、百歩譲ってソニェが独身だったとしても、彼女の想いの先にいるのはヒョヌではない。 (……あたしなら、何の障害もないのに)  ――結婚しないか。  そう言ってくれたのがヒョヌだったら、スリョンは一も二もなく頷いて、今後の人生設計――作家兼貰冊店として生きる計画など、簡単に手放すだろう。  はあ、と本日何度目かの溜息を吐いた時、「スリョン」と前方から名を呼ばれた。  顔を上げて、内心ゲッソリする。 「……彩雲君(チェウングン)様」  今日、二度目に彼に会う羽目になって、また溜息が漏れた。 「失礼だな。人の顔、見るなり溜息吐くなんて」 「……日頃の行い、思ってみてくださいよ。そっちこそ、人の顔見れば二言目には『結婚しよう』って……」  一日に二度も顔を付き合わせたとなると、ここで行き合ったのが偶然と思えなくなる。  だが、彩雲君は悪びれもせずにふんぞり返った。 「何がいけない? 俺は、想う女に求婚しているだけだ」 「いー加減しつこいですよ」 「心外だな。王族権限振り翳さないだけ、有り難く思って欲しいんだけど」  おどけたように言った彼は近付いてきて、スリョンの手を取る。 「俺は押し付けてるわけじゃない。お前が頷いてくれるのを待ってるんだ」 「申し上げたでしょ。想う相手がいますって」 「知ってるよ」 「なら、お諦めを。いくら待っていただいても、色よい返事は致し兼ねます」 「そいつだって、お前を見ちゃいないだろう?」 「だからってほかの男となんて考えられません。お気に召さないなら、賜死(ササ)〔日本での切腹に当たる毒殺刑〕でも打ち首でも縛り首でも、それこそお好きになさってください」  覚えず、声がキンと尖ってしまった。さすがにヒヤリとして、首が一瞬縮まる。  だが、ソロリと見上げた先にあった顔は、少し寂しげに翳っただけだった。 「……そうか」  諦めたとは思えない声音と共に、彼の手が離れる。 「分かった。じゃあまた、しばらくしたら申し込ませてもらうよ」 「……振り向かない相手を待つのは、不毛ってんですよ」 「そっくりお返しするぜ」  きびすを返した相手に、スリョンは今度こそ何も言えずに立ち尽くすしかなかった。
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