イモリとヤモリ

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イモリとヤモリ

 似て非なるものだけど、決して交わることのない。  小さい頃、親に殺されかけたことがある。  ーーあんたを殺してあたしも死んでやるーー そう言われ包丁を突き付けられた。  私にはその行動の意味が分からなくて、  ーー死にたいなら一人で死んでよーーと言った。  結局それは、私がそう言ったことに親は放心し 海ができそうなほど泣いて終わった。今にしても死にたがる人の気持ちがわからない。私は長生きしたい。不老不死になりたい。 「えー、不老不死っていやじゃないですか? どんなに痛くても死ねないんだよ」  向かいに座って刺身に箸をつけている春川千波はそう言った。その場合痛みも感じないとか、すぐに治るとかそういうのもおまけでついてくればいいと言う。春川とそんな話になったの春川が時たま死にたいというからだ。  だから私は不老不死がいいといった。そもそも春川がなぜ死にたいと思うのか私は知らない。死にたいという感情に興味がないからか、聞こうとも思わない。  今日の春川は何かいいたそうにしているが、まだ片手で数えるほどしか会ってない私にはわからない。  小学校、中学校では委員会やら部活に入った。けど特にやりたいから入ったとかではない、ただなんとなく入った。周りがやる気を出しているとき、私は適当にやる気のある風を装って取り組んでいた。  何か失敗したり試合なんかに負けたりしても、 ーーいやぁ、頑張ったけどだめだったよ。  とそれっぽいことを言って流していた。 「わりといい加減だったんだね、意外」  意外ではない。私はそういう考えで生きてきた。いい加減なのかもしれないが、それはあくまで春川から見てだ。春川は真面目な人らしい。  委員会なんかはその時はわからなかったが、大人になってーーあぁ、委員会とかは組織について学ぶためだったのかなーーそう思う。けど特別役にたったのかといわれると微妙だ。  部活なんかはそれの専門、スポーツ選手ならスポーツ選手、演奏者なら演奏者、そういう道に進むと決めているなら真面目に取り組むのもわかる。だが私は専門を目指していたわけではない。なんとなくやっていた、それだけ。  高校生の時は進路をそうするか、それだけを考えていた。私の住んでいるところは田舎で、結婚なんかにうるさかった。だからそれが嫌で高校を出たら上京しようと決めていた。  自分にできることをした。勉強もたくさんした。その成果が採用通知をもって知らされた。地元が嫌いなわけではない。でもいやなとこは嫌だ。だから出て行った。  この話をしたのは二回目に会ったときだ。ボキャブラリーの少ない春川はすごいですねとかそんなことくらいしか言っていなかった。  頑張った自分の話をもう少し広げてほしかったが、通じなかったみたいだ。私はそのまま仕事の話に持ち込んだ。社会人の共通の話題といえば仕事のこと。  人間共通の話となると、恋愛や食べ物あたりだろう。食べ物の話は障子をしながらちょいちょい出てくる言葉で何が好きかとか分かる。明確に好きと言わなくても自分で選んで注文しているのだから好きなんだろう。  恋愛の話は春川に話して何になるのだろうと思い特に触れることはなかった。春川も最初に会った時に何人くらいと付き合ったりしてきたか聞いて以来聞いてこない。  社会人になってから出会いはたくさんあった。26歳で初めて彼女ができた。それから28、30、31、34の時に彼女がいた。どの子も好きだったけど飽きてしまった。  35になって春川と出会った。好きかどうかといわれると分からない。ただ他に付き合ってる人がいなかったから会ってみた。好きというよりは興味があった。  死にたいと思っている人を見ているのは新鮮に感じる。自分がそういう考えにはならないからだろう。  春川とは似てるなと思った部分があった。それは見た目的なところもあるが、空気感とでも言えばいいのだろうか、似ている気がした。どこがかというと説明はできない。  そんな春川に好きだと言われた。まだ数回しか会っていないのにどこを好きになったのかわからなかった。26のときに告白されて以来久しぶりに告白を受けたことをいう。  最初の告白以外は自分からしたり、なんとなく気づいたら付き合っていた。そういうなんとなく付き合っている、両想いだけど好きだと言わない関係が好きだった。  春川の告白には答えなかった。いや、正確に言うと分からないから答えられなかった。付き合ってほしいとか彼女にしてほしいとか言われなかったから、春川が私を好きだという気持ちだけ受け取った。  告白されてから一回遊んでみたがその時、春川に彼氏ができたと言われた。意味が分からない。私に好きと言ったのは何だったのか? 気まぐれ? 答えを出さなくてよかった。  自分も好きだと言ったら浮気相手になるし、もし彼氏に問い詰められたら面倒だ。反対にそういう気持ちはないと答えれば好きでいてもらえなくなる。それはさみしい。  人に好かれていると言うのはいい気持ちだ。有名人が人気が出たら嬉しいというのはこういう感覚なのだろうか。  それからは連絡は取っていない。春川はきっと上手くはやっていけないだろう。私と違って春川は不器用な人間に感じた。私ならうまくやれることを春川はミスをしている。  会話中、私ならこうするのにと思う場面が何度もあった。しかし考え方自体は似ていた。例えば春川も地元が嫌いなわけではないがいやだから出ていきたいところなど。感覚が似ているのかもしれない。  でも私と春川の意見がうまく合わさることはないだろう。私は好きとか関係なくそばにいてくれればいい。だが春川は恋人みたいな感じでそばにいたいと願う。  似ているけど違う。それが私と春川だ。
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