最後の庭師と永遠の少女

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 俺が奴の押しつけたファイルから資料を引っ張り出し、その内容にまじまじと目を通したのは、その日の終業後、コロニーの高層部にある官庁街のフロアから、市民居住地域のフロアを繋ぐトラムの中であった。  トラムの窓からは、この惑星の軌道上に展開するコロニーの一部が、宇宙の暗がりの中に、くっきりと銀色の輪郭をもって浮かび上がっている様が良く見える。俺は、ぼんやりとした頭で、その光景と手元の資料を交互に眺めては、フェリクスの持ち込んだこの案件について、どうしたものか、と考え込まざるをえなかった。  資料にプリントされた女性の名前は、アンナ・アグーチナ。年齢は36才と記されている。俺より10才ほど若い。だが横に浮かぶ3D映像から窺うその顔には、いたるところに皺が深く刻まれており、また栗色の長い髪は白髪が早くも目立ち、年齢以上の労苦を見て取ることができる。  ――36才。そうか、ちょうどあの独立戦争の真っ只中に少女時代を送った計算になるな。  俺はそこまで考えて、改めて女性の画像に目を向ける。  ちょうどそのとき、トラムが、がたん、と音を立てて停車した。トラムはいつのまにか俺の降車駅である終点まで辿り着いていて、俺は慌てて車外へと転がり出る。そして、いつもと同じように、自分のアパートのあるC居住区に繋がる西ゲートへと歩を進めようとした。だが、なにか心が騒いで、俺は、手にした資料にある女性の住所に目を走らせる。 「R居住区・トゥヴェルスカヤ通り・23番地」  数瞬の躊躇いののち、俺は踵を返すと、北ゲートに通じる通路に歩を向けた。北ゲートが、彼女の居住地である「R居住区」に面していることを、頭上の案内板で確かめながら。
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