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俺は驚いた。あの女性の家のほど近い場所に、いつのまにか自分がいることに。それから、俺は、ここまで来たらままよ、とばかりに、ごくり、と唾を飲み込み、番地の数字を注視する。
――20……21……22……23!
あった。そこにはたしかに黒々とした塊にしか見えぬ、古ぼけた建物があった。それが、アンナ・アグーチナの住む家であった。
「ここか……」
俺は目的地に辿り着いてしまったものの、さてどうするべきか、仄暗い路地で頭を捻る。
――ここまで来たのなら、フェリクスの要望通り、暮らしぶりくらいは見てやってもいいかもしれないが……。
そのときだった。建物のドアがいきなりひらいて、中から、白いひかりが路地になだれ込んできた。そして、ひかりとともに、俺を出迎えたのは、さきほどと同じ匂い――いや、それが何十倍もの濃度にもなった香しい匂いの濁流だった。そう、その濁流は、その建物の中から流れてきたのだ。
俺はおそるおそる、その匂いの源を確かめようと、建物の中に目を向ける。
「……あっ!」
そこには、これ以上に無く華やかな、色彩の渦があった。
よく見てみれば、そこは、色とりどりの、無数の薔薇が咲き誇る温室であった。
そして、呆然と立ちすくむ俺に声を掛ける黒い影がある。
「ようやく来て下さったのね、私の新しい庭師さん」
嗄れた、だが、柔らかな声音の主は、あの資料の3D映像の姿そのままで――つまり、その影が、アンナ・アグーチナその人であったのだ。
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