最後の庭師と永遠の少女

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「なぁ、頼むよ。ヴィクトル。あんたでないと出来ない仕事なんだよ」  俺は旧友のフェリクスのもはや何度目かも分からぬ言に、サンドイッチをつまむ手を止めて彼を見た。フェリクスの顔からは、その声と同じく懇願の色が滲んで見える。食事を邪魔された俺は、やれやれ、と言わんばかりのわざとらしい声音で、こう嫌味たっぷりに返してやった。 「なんで、そんな仕事、いまさら俺が引き受けなきゃいけない? 俺が過去を捨てたのはお前も良く知っているだろう。それに、この税務管理課が、いま、そんな暇なようにお前には見えるのか? この山積みの書類が見えないとでも? だったらお前、今すぐ眼科に行った方が良いぞ」 「忙しいのは分かるよ。役所はどこも大忙しさ。だから、俺も自分の仕事を片しにここに来ている」  「とはいえ、そんなん、あんたら、市民保護課でなんとかする仕事だろ? たかがひとりの独居女性の保護の件なんぞ」  俺は残りのサンドイッチを口に押し込みながら、忌々しげにフェリクスに言い放つ。だが、彼は一向に怯む様子を見せない。 「そこをなんとか。それに俺、どうもあの手の居住区に行くのは気が進まなくて」 「いい加減にしろ、昼休みが終わっちまう」  その俺の語尾に重なるように、午後の始業のベルが響き渡った。するとフェリクスは手にしていた一枚のファイルを、俺の腕に無理矢理押しつけると、こう叫びながら自分の課の方角に身を翻して去って行く。 「頼むよ、そこに住所氏名は書いてある。とりあえず様子を見に行くだけでもいいから、行ってくれよな!」 「フェリクス、おい、ふざけんな! おい!」  そのとき、押しつけられたファイルから一枚の紙が、はらり、と床に舞った。そして、慌ててそれをぎごちなく拾い上げる俺の目に、紙にプリントされた女性の3D画像が飛び込んでくる。  だが、それもほんの一瞬のことに過ぎなかった。次の瞬間、俺の意識は、昼休みを終えて席に戻ってきた上司や同僚たちの姿に遮られ、その女性のことは、その日の午後の勤務中、ついぞ思い出すことは無かった。
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