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「そんなに頼まれたら、しょうがない。このゴットハンドが、直々に君を癒してあげよう」と、天使は張り切った様子だった。が、僕は「癒す」その漠然とした天使の言葉、突然の腕まくりに、とても悪い予感がしていた。
次の瞬間にはもう、手遅れだった。僕の体に天使の巨体が体にグィとのしかかる。
「ちちんぷいぷい、いたいの、いたいの……」
「それ、ボケてる?」
僕の問いにいやと、天使は真面目な顔で首を振った。
「そのおまじない、怪我した時にやるやつだけど」
「そうだよ。だって、心に怪我してる」
「あぁ、そうか」と、僕は面食らった。確かにと、どこか納得してしまう節があった。
「じゃあ、最後のとこやるよ」
「わかった」と、(実は少し乗り気になって)頷いた。
「いたいの全部、飛んでけ!」
言葉と共に天使は勢いよく空へ、ピンと手を伸ばした。僕らは一体、なにをしているんだろう?そこで急に憑き物が取れたみたいに、冷静な心持ちになった。おまじないが、ほんとうに効いたのか、はたまた偽薬的な思い込みの力か。ただいずれにしても確かなのは、僕らが戯れている、この場所は雑居ビルの汚い隙間だということだけだった。
それからしばらくして、僕はまったくと、呆れた調子で起き上がった。羽の土ぼこりを慎重に払い、こほんと咳払いをする……。
「はちみつ酒、貰っていいか」
「どうせ、それも酒屋の倉庫から盗んできたやつだ。僕のじゃない」と、天使は視線を落として、静かにいった。
彼は、なにを差し置いてもどうしようもないやつで、天使のくせに盗み癖があった。それも、結構ハードなやつだ。ここにあるトールランプも、経済新聞も、ジョッキも、氷も、土とゴミ以外はみんな彼が盗んできた。だから、なにもかも、ちょっとくたびれた感じがする。
今回のはちみつ酒も、そんな感じだった。ろくに代わり映えしない。気が抜けたような苦味ばかりで、はちみつのまろやかさは見る影もない。棘だらけのいびつな味だ。が、深夜の密談をつまみにするなら、よもや出来過ぎなくらいの良い酒なのかもしれない。
「この世は、退屈だらけさ」と、僕はまた独り言をいった。
「俺は楽しい」
「だろうね」と、すぐに返した。
「6年前に戻れたらいいな。生まれた時から、やり直したい」
「なにを変えるの?」
僕はちらりと、羽を見る。光を通さないその漆黒はとても醜く、鈍い光に包まれていた。
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