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「ミサトは、まだピアノ続けてる?」
一息着くと僕は口を開いた。やはりこの話題が妥当だと思った。僕から話を振るのは、思えば初めてのような気さえした。
「うん、まあ」
珍しくはっきりしない返事だった。詳しく聞くと、ミサトは中学生になっても数多くのコンクールで賞を受賞したと言う。高校を卒業したら音大に進むつもりで、留学も考えているらしかった。
「プロを志してるってことか」
「なれるかわかんないよ。でも……ここまで続けられたのは……ハルトのおかげだよ」
「僕……?」
うなずいたミサトはなんだか泣いているように見えた。
そうか。僕は改めて自分の右手に触れた。
小学五年の秋。僕は交通事故で右腕を失った。それも僕はミサトを突き飛ばしたのだ。迫ってくる大型のトラックは、僕を容赦なく道路に叩きつけて、意識は飛んだ。でも、ミサトを守ることができた。それだけが当時僕の誇りだった。
ただ、それで僕はピアノを弾けなくなった。慣れない義手をつけ三か月ぶりにミサトに会ったとき、彼女は僕の目の前で泣きながら謝った。
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