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利用する者:side乾
俺、乾弘明は日の沈むオフィスでキーボードを叩いていた。
まずいな、この調子だと間に合いそうもない。
新しいプロジェクトのリーダーに任命された俺は膨大な仕事量を抱え、連日オフィスで残業をしていた。
「よ、お疲れ」
左肩に手を置かれた。振り向くと同期の坪谷がいた。
「毎日残業とは、リーダーさんは大変だね」
「今回のプロジェクトは社運がかかってるからな。絶対成功させたいんだ」
「格好いいねぇ。責任ある仕事を持つ人は残業代も後ろめたくなく貰えていいね。普通残業してれば定時内に仕事を終えられない役立たずのレッテルが貼られるのに。乾は責任ある仕事だから、残業してもしょうがないもんねー責任ある仕事だもの」
嫌らしく坪谷は笑う。
坪谷は俺を疎ましく思っているのだ。
同期の俺に先を行かれたのが悔しい。
プライドの高い坪谷は何かと俺につっかかってくる。そして自分の方がお前より有能だ、と牽制をする。
やっかみからくる攻撃だ。相手にするだけ馬鹿馬鹿しい。
そう思っていた俺だが、最近では見過ごせないことが起きている。
「おっと約束の時間だ」
坪谷が腕時計を見る。
その時計は誰もが知るハイブランドの時計。
「彼女?」
「そう。デートの約束なんだ。最近駅の近くにオープンしたイタリアンレストランあるだろ。そこでディナーの予約とってあるんだ 。可愛い彼女と」
ちら、と坪谷が向こう側のデスクを見る。そのデスクにはマドンナの花井さんがいた。花井さんは帰り仕度をしている。
一瞬こちらと目が合い、パッと視線を逸らす顔は少し赤らんでいた。
俺は知っている。この二人が付き合っていることを。
なのに坪谷は勿体ぶって誰と交際きているのか言わない。秘密、と教えてくれない。
なのに「俺の彼女がさー」と交際状況は事細かに伝えてくる。それがたまらなく鬱陶しい。
一瞬職場の社員への配慮かと思った。
何せ花井さんは美人だ。
仕事も出来るし気もきく。マドンナ的な存在だ。
だから坪谷が彼女と交際していると申し出たら落ち込む者が出てくる。
社内の雰囲気も悪くなる。そんなことへの配慮かと。
でも違う。坪谷はむしろそれを楽しむタイプだ。他人の妬み嫉みを吸収して生き生きする部類の人間だ。
だから坪谷は自分より先に重要なポストに就いた俺が許せなかったのだろう。なぜ俺じゃなくてお前が、と。
つまり、俺への当てつけだ。
俺が花井さんに好意を寄せてることを飲み会の席で坪谷に言ったことがある。
坪谷は俺への当てつけで花井さんを恋人にした。
あえて花井さんと交際してることを俺に匂わせることで優越感を得ているのだ。
それだけでもムカついたのに、我慢できないのは坪谷と交際してからの花井さんの姿だった。
坪谷はきらびやかな衣装に身を包みハイブランドの小物を持ち歩いているのと反比例して、花井さんの着る服からは糸がほつれ、髪も艶を失い、履いている革靴も傷みっぱなしだった。
坪谷が花井さんに貢がせているからだ。
坪谷が自慢気に言っていたが、花井さんは坪谷にベタ惚れで、尽くしてくれるという。
坪谷のブランド品も花井さんが買っているのだという。
たぶん今日のディナーも花井さんの奢りなんだろう。
坪谷がピカピカに磨かれていくなかで花井さんはどんどん錆びていく。
こんなクズとさっさと別れてしまえばいいのに。
俺だったら花井さんを幸せにしてやれるのに。
日に日にやつれていく彼女を見ると胸が苦しくなると同時に助けだしたいと思う。
花井さんも本当は別れたいと思ってるに決まってる。きっと坪谷が怖くて別れたいって言えないんだ。
坪谷さえいなければ。
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