1.嫌いなわけじゃないのに

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*** 「あ、そう言えばね――」  美千花(みちか)のお皿の中では、バニラアイスが殆ど手付かずのまま液体になりつつあって。  それを(もったいないことしちゃったな)とか思いながら眺めていたら、ポタージュスープをひとくち飲んで、蝶子(ちょうこ)が話題を変えてきた。 「……ん?」  不毛な器から視線を上げて蝶子を見やると、「西園(にしぞの)先輩、産休から復帰したんだよ」とか。  西園稀更(きさら)律顕(りつあき)と同期入社の女性社員だ。  元々は国内外を相手に化粧品を扱っている『すずかぜ化粧品』営業課で律顕と一、二位を争う成績を残していたやり手の営業だったそうだ。  だが入社後半年足らずで製品開発課に籍を移し、社で一番人気の売れ筋化粧水、「涼風(りょうふう)潤水(うるみ)」を企画開発した生みの親になった。  美千花が入社した時には、第一子の妊娠を機に第一線を退いて、比較的残業の少ない総務本部に籍を移したあとで。  何を隠そう美千花と蝶子の教育係は西園稀更だったのだ。  そんな稀更は、美千花が退社する少し前に第二子を身籠もって産休に入っていたのだけれど。 「西園先輩もさ、つわりが酷かったらしいよね」  蝶子の言葉に、(なのに二人も子供を産めてしまうの、凄いなぁ)と思った美千花だ。  現状を(かんが)みて、何度もこれを経験するのはすっごくしんどいと思って。  妊娠ごとにそう言うのも変わるとも言われているけれど、変わらない場合も勿論あるだろう。 (西園先輩にどうだったか聞いてみたいなぁ)  経験者にそう言う話を聞いてみるのは、初マタニティな美千花にはとても有効に思えて。  蝶子みたいに気安く話せる相手じゃないのが、ものすごく残念に感じられた。
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