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「律……」
律顕が顔を出したと同時、途中からは努めて〝永田くん〟と呼ぶようにしていたらしい稀更が、思わず漏らしてしまったみたいに彼の呼称を揺らした。
だがその途端律顕が低めた声音で「西園、呼び方」と稀更をいさめる。
「あ、……ごめんなさい、つい」
その声に、稀更がハッとしたように居住まいを正して即座に謝って。
美千花は律顕のこんな突き放す様な喋り方を聞いたことがなくて、思わず瞳を見開いた。
自分がどんなに邪険に扱っても、律顕の声は寂しげにトーンダウンすることこそあれ、基本柔らかく穏やかだったから。
「――あの、子供たちのお迎えもあるし、私、そろそろ帰るね」
律顕の毅然とした態度に気圧されたのは美千花だけではなかったのかも知れない。
スッと立ち上がった稀更が、ソワソワと暇乞いを申し出て。
そこでふと思い出したみたいに美千花の耳元に唇を寄せると、律顕には聞こえないぐらいの小声で付け足した。
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