6.優しくて愚かな嘘を乗り越えた先

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 伊藤達が居なくなって、仕切りのなか。  律顕(りつあき)と二人きりで取り残された美千花(みちか)は、改めて夫を仰ぎ見て口を開いた。 「ねぇ律顕。今のって……どういう、意味?」  美千花が恐る恐る問い掛けたら、律顕は医者の診察に際して畳んで横に避けていたパイプ椅子を再度引っ張り出してベッド横に置いて。  そこに腰掛けて美千花と視線を合わせると、 「ストーカーみたいで気持ち悪いって思われそうで言えなかったんだ……」  そう前置きをして口を開いた。 「美千花、前回の健診の時、僕が付き添ったの、余り好ましく思ってなかっただろう?」 「え、あ、あのっ、あれは……」  あの日、美千花はあからさまに夫を拒否したのだ。  もちろんその気持ちを隠せていたとは思っていない美千花だったけれど、面と向かって問われたら素直に肯定出来なくて……口ごもるようにオロつきながら謝った。 「……そ、その通りです。律顕は私のことを第一に考えてくれてたのに……。本当にごめんなさい」 「別に責めてるわけじゃないから大丈夫だよ? あれはつわりのせいだったって今はちゃんと理解してるし、美千花にとっては自衛のための仕方のない行動だったって解ってもいるつもり。――だからお願い。顔をあげて?」  なのに律顕はどこまでも優しくて。美千花にはそのことが堪らなく申し訳なかった。 「でも……私がきちんと気持ちを伝えられていたら、あんな風に変に律顕を傷付けたりしなかったと思う。……本当にごめんなさい。あの時は私、自分のことだけで一杯一杯で……律顕に優しくなかった」 「有難う、美千花。僕はその言葉だけで十分だよ」  律顕は極々自然に美千花の方に手を伸ばすと、 「僕も妊娠中の女性のこと、最初からちゃんと勉強してなくて悪かったって反省してる。過去に関してはお互い様だからさ。そこはもう今後に活かす教訓にしよう?」  そのままふんわり美千花の頭を撫でて微笑んで――。  美千花はそんな律顕に、コクッとうなずいて微笑み返した。
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