理沙

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「お母さん」  理沙は、母の仕事部屋の扉に付いているインターフォンで母を呼んだ。 「あら、なあに」  朝から、仕事部屋にこもりっきりの母の顔が、モニターに映し出される。 「ヴァイオリン教室に行って来る」 「あら、もうそんな時間なの?」 「うん……」  理沙が小さく頷く。 「気をつけて行って来るのよ。先生以外の人には、絶対に近づかないでね」  モニターの中の母が神経質そうな顔でそう言った。 「わかってる」 「防護スーツ、着なきゃだめよ」 「わかってる」  理沙は、これ以上、母親を心配させないようにと、いつも通り、明るく返事をした。  理沙は、母と話をしていると、なぜか、いつも緊張する。決して、母が嫌いと言うわけではないのだ。むしろ、母は、これまでいつだって理沙の味方だったと言える。今、通っている私立の中高一貫校だって、行くように勧めてくれたのは母だったし、こんな世の中になった時、父は、理沙がヴァイオリン教室に通うことを反対して、オンラインで学ぶようにと言ったが、その時も、母は理沙の好きにするよう、応援してくれた。  だから、理沙は、「お母さんは、頼れる数少ない大人の一人だ」と感じていた。だからこそ、理沙は、母が神経質そうな顔で、理沙のことを心配する時、少し緊張するのだ。心配をかけたくないと思ってしまう。
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