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理沙はいつでも、この十秒が面倒くさいと思った。できればそのまま飛び出していきたいと思うが、それでウイルスを家に持ち込んだり、誰かの家へ持ち込んだりすることを考えると、どこに行くにしても欠かせない儀式だった。理沙は除菌室を出て、ヴァイオリンを背負うと自転車を出した。
ヴァイオリン教室は、自転車で家から十五分位の所にある。理沙は、ペダルを踏んだ。
「楽しくもなんともないでしょ……」
ペダルを踏み込みながら、理沙は呟いた。なぜなら、防護服とヘルメットを被っているせいで、理沙には風の動きが全く感じられなかったからだ。
「自転車の醍醐味と言ったら、風でしょ?」
理沙は、左右の足を交互に動かしながら、自分の行為を馬鹿にしたように呟いた。
「これじゃあ、なあんにも感じやしない……」
理沙は、拗ねたような顔をして、ペダルを踏み続けた。
小学校の頃、理沙は自転車が大好きだった。理沙は、その頃の、頬に当たる風の心地よさや、なびいた髪の感触を思い出しながら自転車を走らせた。あんな風に、ヘルメットを取って自転車に乗ることができたらいいのに。理沙は、リズミカルに足を動かし続ける。この先、そんなことできる日が来るのだろうか。そう考えると、理沙は、そんな時が来たら、自分は、きっと感動して泣くのではないか、と思った。
暫く走ると、家の近くにある公園に差し掛かった。この公園は、この辺りでは一番大きい総合公園で、サッカーや草野球ができる運動場や、テニスコートが付いていた。
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