レッスン

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 理沙は、次のレッスンの約束をすると、急いで教室を出た。早く、母にもこのことを伝えたいと思ったのだ。背後から、 「気を付けて帰るのよ。寄り道しないで真っすぐ家に帰ってね!」  と言う、先生の声が聞こえてきた。  正直言って、もう聞き飽きた言葉だ。どこにいても、どこに行っても、大人は皆、同じことを言う。母も父も先生も、みんなだ。 「わかっているわよ」  理沙は自転車のカギを外しながらそう呟いた。 「寄り道はしないで、誰にも会わずに、真っすぐ家に帰ります!」  理沙は、ブツブツと独り言を言うと、自転車を押して、ヴァイオリン教室の敷地から出した。  理沙の乗った自転車は、勢いよく、家に向けて走り出した。今日はついている。理沙はペダルを軽やかに踏んだ。一時間ほど前、ヴァイオリン教室に向かった時の気分とは、全然、違う。ちょっと褒められただけで、こんなにうれしいなんて、理沙は、自分も割と単純な性格だと思った。それと同時に、先生に褒められたことで、理沙は、自分が思っていた以上に、自分が、ヴァイオリンが好きなのだということに気が付いた。  高校三年生になった理沙は、もう、学校推薦で、この街の大学に進路を決めている。その大学は、理沙の通っている私立高校からは、普段の成績と、面接ぐらいで入学できる大学だった。だから、同級生のほとんどが、その大学に進学する。理沙も、その大学で特にやりたいことがあるわけでは無かったが、両親もそれでいいと言うし、皆と同じようにその大学に進学することを決めた。  しかし、理沙は、今日のことがあって、もう少し、ヴァイオリンのことをじっくり考えてみたいと思った。  
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