1話 穏やかな日常

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1話 穏やかな日常

 僕の名前はリヒト・レイベル、今年で七歳になる男だ。  自分で言うのもなんだが、漆黒の髪がかなり似合い、顔立ちもなかなかのもの。  そりゃ、当然だろう――イケメンの父さんと美人な母さんの間に生まれたのが、この僕なのだから、と思ってしまう自分自身が恐ろしい。  容姿以外は平凡なんだけどな~。大した特技もないし……。  完璧に父さんの性格が僕にまで移ってしまっている。  そんな僕が住んでいる場所は、世界でも屈指の経済成長を遂げたロベルト王国の領土内にある小さな村。  そこに家族三人で暮している。  まず早朝起きたら顔を洗い、母さんが作った朝食を食べ、父さんと畑を耕しに行く。  これがまた大変な仕事で、大人と違って僕はまだ身体が小さいため、農具を使いこなすことができずなかなか苦労している。  この村には年配者が多く住み、若年者が少ない。それもあってか畑仕事する人も少なく、さらには村の近くに川などの水場がない事で年々収穫物が減ってきている。  自分達だけが食べる食料を育てるならまだいいが、王国に納める野菜や穀物などの農作物も育てているので遊ぶ時間もない。  朝から夕刻まで毎日それの繰り返しが続いている。  なぜ、農作物を王国に納めないといけないないのか?  それは、王国の領土内に暮らしているため、土地代として金銭の代わりに、農作物を王国に納めることになっているからだ。  それは、僕が生まれる前から続いていた領地内に住む者達の宿命みたいなものだ。  だけど、そんな僕にも楽しいことが一つや二つはある。  夕刻には家に帰り、家族で机を囲んで、母さんが作った美味しい夕食を食べながら、父さんの自慢話や王国の話、昔から偉そうにしている貴族の話、そしておとぎ話である勇者と魔王の話をよくしてくれる。  父さんが話し上手なこともあってか、食卓にはいつも笑顔が満ち溢れている。  これが僕の日課なのだが……正直言って辛い。  唯一の心の支えは家族という存在だ。  家族がいなければとっくに僕はこの村から抜け出していただろう……。  それほどまでに僕にとって家族とは一番大切なんだ。  だけどある日、いつもと違う出来事が夕刻頃に起きた。  僕の家の隣に、とある家族が引っ越してきたのだ。  その時はあまり興味もなく疲れていたため、すぐに家に帰りいつもどおり家族と机を囲んで食事をしていると、僕達家族の家のドアを叩く音が聞こえてきた。 「すみません、誰かいらっしゃいますか? 隣に引っ越してきた者です」 「はーい! すぐに出ますから! ちょっと待って下さいね!」  母さんは椅子から立ち上がり、早歩きで玄関に向かう。  そして、ドアを開けると一人の女性が立っており、その背後には女性の腕にしがみつく一人の少女の姿があった。  二人とも高貴なドレスを身に(まと)い、目を奪われるほど綺麗な腕輪を身につけている。髪は青く、肌は白く透き通り、顔立ちも整っている。  思わず見惚れてしまうほどに……。  それに引き寄せられるように僕と父さんもすぐさま玄関に向かった。  まあ、男なら当然だ。美人を目の前にして無視なんてできる訳がない。 「こんばんは、夕食時にすみません。隣に引っ越してきたセーラ・フリントです。この子はリーズと言います。これから親子共々よろしくお願いします。ほら、リーズ挨拶しなさい」  リーズは(うなず)き、恥ずかしいのか頬を赤く染めながら小声で挨拶をする。 「……リーズです。六歳です」  母さんはこのリーズと名乗る少女とセーラさんに笑顔で挨拶を返した。 「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。私はセリーネ・レイベル、こっちは旦那のドミニク、この子はリヒトです」  母さんが挨拶したのを見て、僕も挨拶を返す。 「リヒトです、セーラさんよろしくお願いします。リーズもよろしく」 「わざわざ挨拶にきてくださってありがとう。ドミニクと言います。困ったことなどありましたら言って下さい」  お互い挨拶が終わりセーラさんとリーズは隣の家へと帰って行った。  その様子を見ていた僕達家族は、玄関のドアを閉め自分が食事していた定位置に戻り、夕食を再び頬張った。 「ねぇ、リヒト。セーラさん綺麗だったわね」 「そうだね、母さん。リーズって子も髪も青くてすごく可愛かったよ!」  母さんは僕の発言をあまりよく思わないのか、なぜか急に不機嫌になった。 ――これは……嫌な予感がする。  どうしたもんか……てか、なんで僕がここまで気にかけないといけないんだ?  それより今は、少しでもこの場の雰囲気をよくしないと……。  僕は母さんの顔色を伺いながら優しく言葉をかけた。 「あ、あはは、でも僕は母さんの方が綺麗だと思うよ! スタイルもいいし、優しいし、美人だし! 僕は世界一幸せだよ!」 「そ、そう⁉ そうよね! お母さんは嬉しいわ!」  母さんの機嫌が徐々によくなりこれで一安心だ、と思っていた矢先、父さんのある一言で再び重い空気に包まれる。 「リヒトは母さんが好きなんだな! いや~、でもセリーネさん美人だったな! 俺が若い頃に出会ってたら口説いていたぞ!」  ああ、やってしまった……とうとう、やってしまった……間違ってでも言ってはいけない夫婦にとって禁忌の言葉を父さんは言ってしまった。  ここで母さんが怒鳴って「出て行く!」なんて言い出したら大変だ。  僕は横目でチラッと母さんを確認するが、怒っている様子は一切見られない。  何事もなくてよかった、と僕は安堵すると同時に緊張が解けたのか、身体にドッと疲れがのしかかる。  僕は夕食を終えた後、早速駆け足で風呂へと向かう。  浴室には湯気が漂っており、一日の疲れを癒してくれる熱々の湯船が僕を待っている。  そして、湯船に浸かると今日一日の疲れが湯に溶け出していくようだった。 「ああ~、最高だ~」  僕はそうぼやきながら湯船にゆっくりと浸かった。  充分身体も温まり、次は眠気が襲い始める。  今ならすぐにでも眠りに就くことができるだろう。  僕は目を擦りながら二階にある自分の部屋へと戻り、布団に包まりながら眠りに就いた。
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