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3話 信用に値する大人
しばらく走り続けた僕の目の前に現れたのは大きな建物。
「はぁはぁ、しばらくこの建物の中で休もう」
追手が迫っているかもしれない……だけど、足はもう限界だ。
僕とリーズは、その大きな建物の中で身を隠すことにし、中に入ると綺麗に磨かれた横長の椅子が縦一列に並べられている。
誰かが整頓し、掃除でもしているのだろうか?
そんなことより今は、何か起きた時のために備え、しっかりと身体を休めないと大事な時に動けないじゃ困る。
僕は抱えたリーズを椅子に寝かせ耳元で囁いた。
「おやすみ、リーズ」
僕自身もそのまま身体から力が抜けるように椅子に横たわって眠りに就いた。
目が覚め一番最初に飛び込んできた光景は、様々な色で彩られたガラスの天井。
それはどこか幻想的で、赤、紫、緑、黄色のガラスが太陽の光に当たり綺麗に輝いていた。
昨日は気づかなかったが、僕が寝ていたこの広い空間の奥には女神の像が置かれ、その前には祭壇が設置されている。
おそらくここは教会の礼拝空間なのだろう。
以前、父さんに聞いた話では、必ず教会には神父様か聖女様のどちらかが居られ神様を信仰し、ご奉仕していると聞く。そのご奉仕の内容まではよく分からないが……まあ、僕には関係のないことだ。
だが、不思議なことにどうしても昨日の出来事が何も思い出せない。
思い出そうとすると、誰かに頭を殴られた時みたいな頭痛が襲う。
何で……何を忘れている……?
だけど、確かに心の中にはある。憎悪の感情…………復讐?
何のための復讐だ? 分からない、分からない、分からない。
そして、痛いながらも考え続けていた時、突然すべてを思い出した。
「…………そうか、もう……村は……家族は……だから、僕は……」
昨夜、騎士団に襲撃され村の人達は殺され、家族も殺された。
僕の大切なもの……すべてが奪われたのだ。
家族と忙しくも楽しく過ごした日々は決して戻ってこない。
そういえば一緒に逃げてきたリーズはどこに?
僕は椅子から立ち上がり、昨夜寝かした場所まで向かう。
だが、そこにリーズの姿がない。
まさか! さらわれたんじゃ⁉
不安になった僕はこの広い空間を駆け回りながらリーズという名前を叫び続ける。
「リーズ! リーズ! どこにいるんだ‼」
すると祭壇近くの扉がゆっくりと開き、そこからリーズと司祭服を身に纏った女性が姿を現し、僕の方に駆け寄ってくる。
その女性は人間としては珍しい緑色の長い髪に、司祭服を身に纏い、首からは白銀のペンダントを下げている。
「はぁー、よかった。姿がないから焦ったよ、リーズ」
「……う、ごめんなさい」
「ていうか、リーズその人は?」
「うん! ミレーユだよ。聖女様なんだって! すごいでしょ!」
リーズが自慢することではないと思うが……まあ、機嫌がいいならそのままにしておこう。
「初めまして、リヒト君。この教会を管理しているミレーユです。リーズちゃんから昨夜の出来事もすべて聞いてるわ。……本当に大変だったわね」
「…………いえ…………」
リーズも昨夜の出来事をはっきり覚えているみたいだ。
元気そうだから昨夜のことは、何も覚えていないと思っていたのに……。
多分、心配かけないように悲しい気持ちを抑えて我慢しているのだろう。
僕はリーズの手を取り教会の出口まで歩き始めた。
なるべく人とは関わらない方が良い。騎士団に密告されでもしたらこの先どうなるかも分からない。
「リーズここから出るんだ。もしかしたら騎士団が追ってくるかも。僕たちが逃げたことに気づいてこの教会にも迷惑をかけるかもしれない」
そんなのは建前だ。大人なんて信用に値しない。
「……うん、そうだよね。……ミレーユ、バイバイ」
扉を開け外に行こうとすると、ミレーユが全力疾走で駆け寄ってくる。
「リヒト君! リーズちゃん!」
「何ですか? ミレーユさん?」
「あなたが私のことを信用できないのは分かってる。だけど、私はあなた達子供を見捨てることなんてできない! それにあなた達行くとこあるの? 食料は? 水は? 住むところは? これからどうやって暮すの?」
「…………それは、なんとかします」
確かに水も食料もないし、ましてや暮らすところもない。それはそうなのだが、この人を本当に信じていいのだろうか?
こんな僕の悩みなどお構いなしにミレーユさんは淡々と話を進めていく。
「ほら、何も考えなしで出て行こうとしてる!」
「……だって……僕たちがここにいると迷惑がかかるし……」
「子供だからそんなこと気にしなくていいの! 私についてきて、教会内を案内するわ!」
僕とリーズは、ミレーユさんの後ろをついて行き案内された場所は、これから僕達の部屋となる場所だった。そこには二つのベットが置かれ、さらに洗面所、トイレ、それに風呂もある快適な部屋だ。凄く綺麗だとは言えないが、僕とリーズにとっては贅沢なぐらいだ。
「ここが、あなた達が住む部屋よ!」
僕とリーズは頷き、次の場所へと案内される。
「ここが食堂よ。朝、昼、晩の三食は私が作るからね。自分で何か作りたいときは自由に食材を使って調理してね!」
「分かりました」
「それと食堂の隣が私の部屋で、その正面の部屋が書斎よ。書斎は勉強するための部屋。それと何かあったら私の部屋にきてね!」
ミレーユさんはずっと笑顔を絶やすことなく、明るくて、優しい人なのだと感じた。
僕の考え方は単純なのかもしれない。
でも、僕とリーズのような見ず知らずの子供にここまでしてくれる大人はそうはいないだろう。
『ありがとうございます』
僕とリーズはお礼を言い、さっき案内された自分達の部屋へと向かう。
「ミレーユさんに感謝しないとな」
「うん、そうだね」
「この教会にきて一つ疑問があるんだが、リーズと初めて会った時、全然喋らなかったのに今は普通に喋ってるよな。どういう心境の変化だ?」
「だってあの時は、初対面だったし、どんな人かも分からなかったから。……でも必死に私をここまで運んでくれたでしょ。ありがとう!」
リーズは笑顔で僕を見ながらそう答えた。
お礼を言ってもらうのは嬉しいものだ。
僕とリーズは、ミレーユに助けられ何も不自由なく暮らすことができた。
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