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12.か、勘違いなんだからねっ
休み明けの月曜日。
いつもなら「だりぃ」と無駄に連呼するところなんだけど、今日の俺はとても気分が良い。
なぜなら、昨日は千夏ちゃんと初めてデートできたからだ!
家に帰ってからもデートの余韻で興奮が収まらず、笑顔から表情を変えられなかったほどだ。妹に「キモッ」とか言われても気にならなかったね。
「おはようございます、将隆くん」
「……おう。おはよう松雪」
そんな俺の終わることはないと思われた笑顔を止めたのは、松雪のあいさつだった。
別に特別なあいさつじゃない。登校中に松雪とばったり会った。顔を合わせたからあいさつを交わした。それだけのことである。
「学校までいっしょにいいですか?」
「よくありませんね」
「あら、照れているんですか? うふふ」
照れてねえよ。むしろ朝からテンション下がったわ。
俺と松雪は断じて特別な関係ではない。
去年一年の時に同じクラスだっただけで、普通に話したりはしても友達と呼ぶには浅すぎる関係だ。
元から松雪を嫌っているわけじゃない。でも、大迫と二人して千夏ちゃんを追い詰めたのは許せなかった。
「将隆くんは夜ちゃんと眠れていますか? なんだか機嫌が悪いみたいですけど、ひょっとして寝不足ですか? 夜更かししてはいけませんよ」
俺が何かを言うよりも早く、松雪は夜更かししたと決めつけて「めっ」と注意してきた。
寝不足なのは事実だけど、松雪にとやかく言われたくなかった。この寝不足は千夏ちゃんと甘い時間を過ごした、嬉しい結果の末のものだから。
「今日は機嫌良いの。ていうかあんまり近づかないでくれ」
「将隆くんは照れ屋さんなんですね」
「照れてません。変に勘違いされたくないだけですー」
松雪の独特な距離感が、俺は苦手だ。
話している時、やたらと距離が近いのだ。それは誰に対しても同じで、男子だろうが女子だろうが関係ない。
それだけではなく、相手が同級生なら男子だろうが女子だろうが、親しさに関係なく名前呼びをする。おかげで勘違いする男子が続出。そうでなくても美少女に親し気にされたい連中が松雪に集まった。
いろんな意味で距離が近い美少女。それが松雪綾乃という女子だ。
「松雪だって彼氏に勘違いされたくないだろ。男子と二人きりでいるだけで勘違いする奴ってのはいるんだからさ。わかったら離れろよ」
「えっと、彼氏……? 勘違いってどういう意味ですか?」
きょとんとする松雪。その態度に、俺もきょとんとした顔になったと思う。
「いや、恋人が他の男といっしょにいたら、嫌がるだろうって想像できるだろ?」
「恋人……って私のですか? 将隆くんが私の恋人でしたっけ?」
「俺じゃねえよ。そこで首かしげんなっ。松雪の恋人は大迫なんだろうが」
今度はパチクリと瞬きをする松雪。俺はといえば、突然の嫌な予感に瞬きもできないでいた。
「まさか。私に恋人はいませんよ」
ころころと上品に笑う松雪。黒髪ロングの清楚系美少女がおかしそうに笑う姿は、まるで無垢なお嬢様のようだった。
「だって、お前らが付き合っているってうわさになってるぞ。大迫も松雪と付き合ってるって言ってたし」
「ああ、そういえば昨日も健太郎くんに付き合ってもらいましたね」
「は? 付き合って……?」
なんだか混乱してきたぞ。さっきからずっと会話が噛み合っていない気がしてならない。
「昨日は私、帰りが遅くなりそうで困っていたんです。このままだと夜道を一人で歩かなければならないのかと心配していました。そんな時にですね、健太郎くんが迎えに来てくれたんですよ」
「迎えにって……? 何か約束をしていたんじゃないのか」
「んー、メッセージのやり取りはしていましたけれど。健太郎くんは優しいですからね。困っている私を見かねて家まで送り届けたいと考えてくれたのかもしれません」
「……」
「どうしたんですか将隆くん? あっ、もう学校に着いたんですね。話をしていると、あっという間でした。うふふ。それではまた話し相手になってくださいね、将隆くん」
学校の正門で松雪と別れた。というか俺は呆然としていた。
これってあれか? 「俺と付き合ってよ」「いいよ。どこに付き合えばいいの?」という、告白を告白として認識してないパターン……。
いやいやいやいや! それ漫画でしか見たことねえよっ!
「てことは、大迫は勘違いしたまま……?」
現状を認識して、同じ男として大迫が哀れに思えてならない。不憫だ。千夏ちゃんを罵倒したことは許せないってのに、これには哀れみを抱かずにはいられなかった。
「これは、伝えるべきなのか……」
このまま放置するのは不憫でならない。大迫の株がいくら下がろうとも、男として同情心が芽生えてしまう。
でも、せっかく千夏ちゃんとの距離を縮められているのに。もし伝えてしまったら、千夏ちゃんと大迫が仲直りしてしまうかもしれない。
「どうするよ、俺……」
善の心を持った俺と悪の心を持った俺が対決でもしそうな状況だ。そうでもしてくれたら少しは考える材料になるかもなのに、悩む俺は一人しかいなかった。
※ ※ ※
教室に入ると、すでに千夏ちゃんは席に着いていた。
千夏ちゃんが俺よりも早く登校しているなんて珍しい。
大迫といっしょに登校していた時は要領の悪い幼馴染のせいで遅い時間だったし、最近は大迫を避けているせいか前よりもさらに遅くて遅刻ギリギリだった。
「あ」
千夏ちゃんと目が合う。
咄嗟に顔を逸らす彼女だったけれど、思いとどまるように動きを止めた。そして、ゆっくりとこっちに顔を向けてくれる。
「お、おはよう……。佐野、くん……」
ぽっと頬を染めて、小さく手を振りながらあいさつしてくれたのだ。
「お、おはよう……。千夏ちゃん……」
そんな千夏ちゃんの可愛さにやられてしまった。顔に熱が集まるのを自覚しながらも、なんとかあいさつを返すことに成功する。
千夏ちゃんの俺に対する態度の変化。それを感じ取り、下がっていたテンションが再び天井を突き破ってどこまでも高く飛んで行ったのだった。
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