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13.良い奴の態度じゃない
「マサってさぁ」
「ん?」
「杉藤さんと付き合ってんの?」
休み時間。隣席の女子に唐突な質問をされた。
「……なんで?」
うろたえることなく、平静な心で尋ね返す。
以前の俺なら勝ち目がないと思って、千夏ちゃんへの好意を隠していた。万が一にも彼女の耳に入って友達関係に亀裂を入れたくなかったからだ。
しかし、今は攻め時で気持ちを隠す必要はない。好意を知られまいかと怯える必要はなく、胸を張って堂々としていられた。
「だってー、今日のマサってば杉藤さんの方ばっかり見てんじゃん」
「見てるねー」
「でさ、杉藤さんもマサの方ばっか見てない?」
千夏ちゃんの席に顔を向ける。ちょうど千夏ちゃんもこっちを向いていたようで、バッチリ視線が合った。
「……っ」
その瞬間、千夏ちゃんの顔が真っ赤になる。顔を逸らそうとしているのかぷるぷる震えている。でも、決して俺から視線を逸らさないようにしていた。
なんだろう……。千夏ちゃんが新たな可愛いを開拓していらっしゃるぞ。
ぷるぷるしているのが小動物チックで可愛い。何かを訴えるみたいに目を潤ませながらも俺をじっと見つめてくるのが可愛い。なんの羞恥と戦っているのか、リンゴのように真っ赤になった顔が可愛い。
「ちょっと千夏ちゃんを抱きしめてくるわ」
「もう授業始まるよ?」
くっ、短いんだよ休み時間っ。
上げかけた腰を下ろす。隣席女子はにまにまと笑っていた。
「杉藤さんがあんなにも変わるとはねー。いっつもきっつい目つきだったのに今はトロトロじゃん? やっぱ恋って人を変えるってマジだね」
「いや、付き合ってないんだよ」
「今さら隠すなってば。もう態度が物語ってんじゃん。お互い恋してる顔してんじゃん」
「……でも、本当に俺達付き合ってないんだ」
「……マジ?」
「残念なことにな」
チャイムが鳴ったと同時に、先生が教室に入ってきた。
「まっ、時間の問題でしょ。杉藤さん脈アリに見えるし。何よりマサは良い奴なんだから大丈夫っしょ」
隣席女子は小声で俺にエールを送ってくれた。元気づけようとしてくれるこの子こそ良い奴だ。
……良い奴、か。
そうだ。俺は千夏ちゃんにとって良い奴でありたい。そう思っていたんだったな。
※ ※ ※
俺は大迫に、松雪が告白を勘違いしている件を伝えることに決めた。
大迫が自分の誤解に気づけば、また千夏ちゃんと仲の良い幼馴染に戻るかもしれない。それは俺にとって不都合な展開だ。
だからって負けるつもりはない。告白をして、彼女と深い仲になると決意したのだ。初恋の幼馴染が相手だろうとも、そう簡単に引き下がれない。
「はぁ? 綾乃が僕と付き合っているつもりがないだって?」
そんな固い決意をして、大迫を呼び出し真実を伝えたんだけど、思いっきり「何言ってんだこいつ?」みたいな顔をされた。
「いやまあ、ショックなのはわかるんだけどさ。言葉違いというか、付き合ってる違いというかなんというか……」
「ちょっと待ってよ佐野くん! それはいくらなんでも悪質すぎるんじゃないかな」
「悪質? いやいや嘘じゃないんだって」
キッ、と強く睨まれた。
「僕が綾乃と付き合って嫉妬するのはわかるよ。本当は僕と立場を入れ替わりたいと思っているんだろう?」
フンッ、と鼻を鳴らしながら見下すかのような目。あまりの態度の急変についていけなかった。
「でも残念だったね。綾乃の彼氏は僕だ。みんなが憧れている女子は、この僕を選んだんだよ」
胸を張る大迫は自信に満ち溢れていた。
恋は人を変える。それは俺も実感していたものだったけれど、大迫にも当てはまっていたらしい。
でもそれは、必ずしも良い変化をもたらすとは限らない。
強気というには傲慢で。大迫の耳には俺の言葉なんて何も入らないのだろうと思い知った。
「わかったわかった。お前がそう言うなら、俺はこれ以上何も言わねえよ」
「覚えておいてよ。誰に邪魔されたって、僕と綾乃の運命の赤い糸は断ち切られないんだからね!」
おお、運命の赤い糸ときたか。
そんなものが本当にあるかどうかなんて知らないし、どうでもいい。大迫と松雪の関係も、俺にとってはどちらでも構わない。
ただ、待っているだけで手に入れられる運命とやらに、そこまで信じ込めるものかと同情した。
俺が嘘をついている可能性を疑っても構わない。大迫から見れば嘘か本当かなんてわからないだろうからな。
しかし、少しの疑念すら抱かずに信じられるほど、大迫は松雪のことを知っているのだろうか?
もし何も知らず、何も知ろうともしないのなら、最初から俺にはできることはなかったってことだ。
「誰も大迫の邪魔はしないって。俺も口出しするのは今回限りのつもりだし」
「まったく。佐野くんも思ったより浅はかな人だったんだね。わかったら無駄なことはこれっきりにしてくれよ」
そう言い捨てて、大迫はこの場を立ち去った。
「ふぅ……」
大迫らしくない横柄な態度。なのに不思議と腹は立たなかった。かなり疲れたけども。
それどころか、哀れでならない。
立ち去る大迫の背中を、可哀そうなものでも見るような目になってしまっているのを自覚しながらも、見つめずにはいられなかった。
「まっ、気づかない方が悪いよな」
突き放した幼馴染は真に愛してくれていた。
手に入れたはずのマドンナは愛に気づいてさえくれていなかった。
これから大迫がどう転んでいくのか。千夏ちゃんにアプローチすることで忙しい俺には関わりようがない。無駄なことすんなとも言われたしな。
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