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5.確実に変わった関係性
俺の朝は早い。
「ふっ……決まったな」
洗面台の鏡で髪型をチェックする。セットされた髪には寝癖の一つも見当たらない。
人は髪型一つで印象が変わるものだ。決してイケメンではない俺でも、少し染めていい感じの髪型にするだけでも格好良く見える……気がする。
千夏ちゃんを好きになってから出来た習慣。身だしなみを整えることは清潔感の第一歩だ。
「お兄いつまで洗面台占拠してるの。使うからどいてよ」
「あ、ごめん」
妹に追い払われてしまった。兄というものは弱い存在である。
朝にやることはこれだけではない。
軽く今日の授業の予習。軽く筋トレ。朝食を取りながら軽くニュースをチェックする。
軽くとはいえ、毎日続けていれば効果が表れてくるものだ。
この積み重ねで成績が上がったし、ギリギリ細マッチョと呼べる肉体を手に入れられたし、どの話題にもある程度はついていけるようになった。
恋は人を変える。
もし俺が千夏ちゃんに恋していなかったら、根暗な地味男子として暗黒の高校生活を送っていたかもしれない。
「おはよう大迫」
「あ……お、おはよう佐野くん」
例えば、大迫みたいにさ。
登校。学校の昇降口で大迫とエンカウント。同中のよしみであいさつを交わした。
俺と大迫の仲は悪くはないが良くもないといったところ。話をするのに支障はないけど、同じグループではないので常にいっしょにいる関係ってわけじゃない。
てゆーか、はっきり言えば大迫はぼっちである。
大迫に話しかけるのはほとんど千夏ちゃんだけで、たまに俺が声をかける程度だ。かといって自分から話しかけるのを、少なくとも俺は見たことがない。
「んじゃ、また教室でなー」
「う、うん……また教室で……」
手を振って大迫と別れる。クラスメイトだからって教室まで仲良く並んで行くなんてことはない。
それに、今日の俺は大迫に対して怒りを隠せそうにない。
そもそも前から大迫はぼっちの原因を千夏ちゃんに押しつけていた。本人いわく「千夏が話しかけるせいでクラスの男子と気軽に話せないじゃないか」とかのたまっていたらしいからな。
むしろ千夏ちゃんは教室で一人でいる大迫を気にかけていたからこそ話しかけてくれていたってのに。文句を言うなら彼女を安心させろってんだ。
なのに昨日は千夏ちゃんの気遣いも知らずに、彼女を傷つけた。海よりも広い俺の心だって限度があるってもんだ。
「どしたんマサ? 朝から顔怖いよ?」
「この爽やかスマイルを見てもそんなことが言えるか?」
「ウケるー」
人の笑顔を笑うのってひどくないか?
教室に入ると適当なグループに溶け込む。千夏ちゃんの姿はまだ見えない。
そういえば、千夏ちゃんっていつも大迫といっしょに登校していたもんな。さっきは大迫一人だったし、さすがに昨日のことがあってすぐに関係修復とはいかないだろう。
彼女のことだ。大迫と顔を合わせないようにと登校時間を遅らせたのだろう。
……気を遣うのはいつも千夏ちゃんばっかりだ。
「どしたんマサ? また変な顔してるよ」
「本当の変顔というものを見せてやろう」
「ぶはっ!」
女子が「ぶはっ!」って噴き出すのはどうかと思うぞ。腹抱えてそれどころじゃなさそうだけども。
そんなこんなしているうちに大迫が教室に入ってきた。それはどうでもいいや。
時間ギリギリになって、やっと千夏ちゃんが教室に入ってきた。
「あ……」
千夏ちゃんの視線が席に着いている大迫の方に向く。何かを言いたそうにするけど、悲しそうな顔で口をつぐんだ。
「あ」
千夏ちゃんが席に着こうとしたところで、じっと見つめていた俺と目が合う。
まるで瞬間湯沸かし器みたいにぼんっ、と顔を真っ赤にする千夏ちゃん。それから全力で顔を逸らされた。
「……」
何あれ? 俺のこと滅茶苦茶意識してくれてるんですけど? え、素直に可愛い。
確実に変わった俺たちの関係。千夏ちゃんにとっては悪い変化かもしれないが、俺にとっては千載一遇のチャンスだった。
俺に好意を持ってくれた、というわけではないのだろうけれども。俺を異性として意識してくれたのは間違いない。そんなの、嬉しいに決まっている。
「あっ、またまたマサが変な顔になった」
「うへへぇ……」
「ぶほぉっ!? そ、その顔やばすぎ……ぶふっ」
やべえ、ニヤニヤが止められない。
隣席の女子に変顔をくれてやり、乙女の評価を下げさせてしまった。けれど、それがどうでもよくなってしまうくらい嬉しさを隠せなかった。
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