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8.これはデートである(断言)
気を取り直した頃にはデートの日になっていた。
そう、これは遊びではない。デートだ!
「千夏ちゃん……来てくれるかな……」
前日は楽しみすぎて眠れないってくらいだったのに、いざ当日になると不安の方が大きくなってきた。
現在待ち合わせ時間の三十分前。ちょっとだけ早く来てしまったけど、遅れるよりはマシだ。
天気は快晴。そろそろ梅雨が近くなってきただけに晴れてくれて本当に良かった。空気の読めるお天道様に感謝を捧げる。
「千夏ちゃん……来てくれるかな……」
天気一つでは俺の不安は解消されなかった。
無意識に同じことを呟いてはっとする。自分がこんなにも気が小さいことに今気づかされた。
「ごめん待った?」
「ううん全然。俺も今来たとこだし」
約束の時間十分前。千夏ちゃんが来てくれた。
さっきまでの不安が一気に吹き飛ぶ。デートの待ち合わせの定番やり取りをできて、むしろもう満足感に浸れた。
初めて見る千夏ちゃんの私服はとても新鮮だった。好きな子の私服姿ってだけでけっこうイケる……。
「千夏ちゃんの私服見るの初めてだなぁ。とっても可愛いよ」
「別に……、可愛くはないでしょ」
ツンツンの反応。あれ、どしたん?
「私は可愛い服とか似合わないし……。これだって地味でしょ」
地味……、というより落ち着きのある印象の色合いにまとめられていた。どっちにしても可愛いことには変わりない。
「わかった訂正しよう。大人っぽいよ千夏ちゃん」
「フンッ」
なぜかそっぽを向く千夏ちゃん。まさか怒らせるようなこと言っちゃったか?
もしかして私服のセンスに自信がなかったとか? なのに俺に指摘されたもんだから機嫌悪くなってしまったのかな。
いきなり失敗するとか……。なんとか挽回しなければならないようだ。
「なら服を見に行こう。着ているものが変わると気分も変わるって言うし」
「え? 今日は私じゃなくて佐野くんの用事のためでしょ? どこか行きたい場所があるのよね?」
「いやいや、友達と遊びに出かけたとなればお互い楽しまなきゃ。それに元々服を見に行く予定があったんだよ」
「それなら、まあいいけど……」
「千夏ちゃんからリクエストがあるなら聞くよ」
「別に。何もないわ」
やっぱりいつもよりもツンツンしている。
俺を意識した結果なのか。それとも大迫への気持ちを未だに引きずっているからなのか。できれば前者であってほしいと思う。
ここで千夏ちゃんとおしゃべりするだけなのは勿体ない。俺はそれでも嬉しいけど、外にいると彼女に暑い思いをさせてしまう。
先導して近くの商業施設へと向かった。中に入ると涼しい風が出迎えてくれる。
若者向けの店が多い場所だ。服や雑貨が手の届きやすい値段で取り揃えられているのがありがたい。
迷わず女性ファッション用フロアへと足を踏み入れる。
「ちょっとっ。ここ女性用のフロアよ」
「そうだね。千夏ちゃんに似合う服があればいいんだけど」
「佐野くんの買い物はどうしたのよ」
「俺はいいよ。服屋に行きたかったのは千夏ちゃんにいろんな服を試着してほしかっただけだし」
「は、はあ?」
わけがわからない、という気持ちがありありと出ている顔をされてしまった。
でも、ツンツンされているよりもこっちの方がいいや。彼女を見ていると自然と笑顔になってしまう。なんて素直な表情筋。
「何も買うばかりが買い物の楽しみ方じゃないよ。見て楽しんだり、試着して楽しんだりとかさ。着る物が変わると気分も変わるし。それはお試しでもいいんだよ」
「冷やかしは感心しないわね」
千夏ちゃんは真面目だ。でも買わないってのも権利だ。
「気に入ったものだけ買えばいいんだよ。試着したもの全部買うわけじゃあるまいし。店員さんだってそこまでは期待してないって。本当に自分に合うかどうかを見定める。そのための試着なんだから」
「そ、そうだけど……」
「うん。とりあえずこれなんかどう?」
目についた可愛らしいスカートを勧めてみる。
一目見た時に電流が走ったかのようにビビッときた。きっと千夏ちゃんに似合う。そんな予感に突き動かされるがまま勧めていた。
「えぇ……。私にはこういうの似合わないと思うわ」
「千夏ちゃんに似合うって。絶対可愛いよ。何より俺が見たいんだよ!」
「さ、佐野くんの趣味じゃないっ!」
趣味で何が悪い。好きな子が可愛い服を着ているところを想像して何が悪い!
「目が怖いわ……」
「えっ!? い、いや……あははー」
やべっ、必死すぎた。余裕をなくした男は格好悪いもんだと言われたことがあったのに。
「佐野くんって、思っていたよりも押しが強いわよね」
「ごめん。今のは調子乗った……」
肩を落としながらスカートを元の位置に戻す。
「いいわよ。試着するわ」
「え?」
元の位置に戻したばかりのスカートを手に取った千夏ちゃんは、ズンズンと真っ直ぐ試着室へと向かう。
「せっかく佐野くんが私のためを思ってくれたんだもの。そういう気持ち、無駄にしたくないわ」
「ち、千夏ちゃん……」
じーん、と彼女の言葉で俺の心が震える。
チョロイとか言われても構わない。素直に反応する心が心地良いから。
「ただし」
試着室のカーテンを閉める直前。振り返った彼女は、恥ずかしそうに小さく唇を動かした。
「……似合ってなくても、ちゃんと見なさいよね」
シャー、とカーテンが閉められた。
きっとなんでもない言葉だったろうけれど、俺は簡単にドキリとさせられた。
本当に俺は、千夏ちゃんに対してはチョロイ男だ。
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