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「そーゆこと」
Kは足がない、つまり足音がない。ゼンは「私は君と違って無音では行動できない」と言いたいのだ。気丈に振る舞っていたが、音に気がつかないほどKは思い詰めていたことに気づかされた。
それを茶化し誤魔化そうとするが、親友は見過ごしてはくれなかった。
「どうした」
「何が?」
ゼンがふん、とため息をつく。分かりきった余計なことは喋りたくないのだ、顔に残る神罰が痛むから。
こうなったら最後、どんな小さな事でも言わない限り離してくれない。「なんでもない」では解放してくれそうになかった。Kは何も言わず険しい顔をする副隊長に折れ、口を曲げて吐露する。
「あー……朱増えるかも」
「……」
朱、と聞くとゼンも難しい顔をした。部下の命を預かる身としてはこの赤いマーカーの引かれた予定が最も精神に悪い。全て片付いてしまえばなんてことはないはずなのに、いつまでも心に変な違和感を残していく。そして、その違和感は意識すれば罪悪感に発展し、急激な無力感が押し寄せてくる。
それは隊長のみに限った話ではない。現に、二人とも過去の赤いマーカーを片付けた後は決まって唇を噛んでいた。
Kは沈んだ友人を励まそうとしたのか、そんなことはつゆほども考えていないでただ弄りたかったのか、ぱっと顔を上げ眉をひそめるゼンに意地悪な顔を向ける。
「何悲しそうな顔してるの、まだ朱行きが決まったわけじゃないよ。それとも仕事交換してくれる?」
「阿呆、隊長の仕事だ」
ちゃっかり仕事を押しつけようとしたKの肩をポンと叩き、頑張れ、とつぶやくと自分の持ち場に戻って行った。
「意地悪」
Kは肩の力を抜き、ふっと息を吐くと口角をちょっと上げて階段を下っていった。
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