ナミダを知る、夏。

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ナミダを知る、夏。

 街の空に美しい花火が次々と浮かびあがる。ヒロイン、ナツはひとつひとつの花火をみつめる。「花火を一緒に見ようね」と約束したのに、目の前からいなくなってしまった恋人、コウ。彼との思い出が次々とよみがえり、ナツは涙を流す。という内容の演技をしなければならない。感情出すの苦手だし、無理っぽい。でも自主映画には出たい。辞退したくない。どうしたら良いの? 私は、悩んでいた。 ***  私は、将来女優になりたいと思っていた。最初は自分と違う人になれる、キラキラと輝ける。そんな理由。けれど、雪が積もっている時に、隣の町で大きな映画の撮影があり、エキストラをやってみた時だった。雪道をまっすぐに歩いて主役の人達とすれ違う後ろ姿の役。歩くだけの演技だったんだけど滑って転んで。主役の女優さんが通る道をふさいでしまう形に。一緒のシーンに出ていた名前の知らない俳優さんに舌打ちされて小声で「歩くだけだろ」って言われた。なんだか急に撮影現場にいるのが怖くなっていると、わざわざ主役の女優さんが近づいてきて「私も昨日滑ったよ。滑るよね。みんなで一緒に歩くの頑張ろうね」って言って、微笑みまでくれた。映画は一瞬しか映らない私も含め、みんなで作るものなんだという事も教えてくれた。 “ 本物はいばらない! ”って何かの記事で前に見たことがあって、その文字が目の前に浮かんできた。この女優さんは周りの人達と次元が違う、手の届かない場所にいて、きっと、ずっと第一線にいる。演技も演技だと思わせないくらいの自然な動き。いつか彼女に追いついて、一緒に演技をしたい。親子とか、先生と生徒役だとかで。それが無理なら、せめて彼女のような女優さんになりたい! でもどうやって女優さんになるチャンスを掴めば良いのかさっぱり分からない。大きなドラマや映画のオーディションが行われるのは東京ばかり。北海道の小さな町に住んでいる高校一年生の私には遠すぎる。それに、私は感情を出すのが苦手。心の中では楽しいって感じているのに「ごめん。つまらなかったよね」って謝られた事もある。怒ったり、泣いたり……お芝居、無理!  いつか叶えたいその夢は、行動を何も起こせなくて、叶えたいままで終わっちゃう。そう思っていた。彼らに出会うまでは。  五月のゴールデンウィーク。その月にしては気温が高くて汗ばむ程の暑さだった。何か冷たい物を買おうとして、家から歩いて五分くらいの距離にある、去年まで通っていた中学校のすぐ隣にある商店にふらっと入った。そのお店の中の通路はひとりがやっと通れるくらいに物が並べられている。私は隅にあるアイスコーナーに向かった。冷凍ショーケースの中にあるバニラ味のカップをひとつ手に取り、見上げるとひとつの貼り紙が目に入った。“自主映画に出てみませんか? ヒロイン募集中! 興味があったら店員まで ”太字のマジックペンの手書きで、正直綺麗とは言えない文字でそう書かれていた。自主映画かぁ……。でもこの自主映画、募集している年齢も、なんの役なのかも書いてなくてとてもシンプルすぎる募集。大丈夫なやつなのかな? 怪しい。 「参加してみませんか?」 じっくりその貼り紙を見ていたら、突然後ろから声がした。 「うわっ!」 突然の声に驚きながら振り向くと、知っている人がいた。小学校二年生までこの街で過ごし、転校していった同級生。 「あっちゃん?」 「えっ? 誰?」  彼の名前は(あらた)。幼稚園から一緒で、その時から彼の事を〝 あっちゃん〟と呼んでいた。転校してから、今日まで一切連絡をとったりしなかったし、姿を見る事はなかった。でもツヤツヤな黒髪や、キリッとした二重瞼で、はっきりしているその顔立ちはそのままで、小さな頃の面影があり、すぐに分かった。 「あっちゃん、柚葉だよ! 小学校まで一緒だった」 「ん? ああ……」 「久しぶりだね」 「……うん」  貼り紙の事を彼に質問してみた。 「これ、あっちゃんも関わっているの?」 「うん。俺、東京で劇団に入ってたんだけど、こっちでも何か芝居やりたいなぁって思って。カメラと映画の事が好きな知り合いに声を掛けて、映画撮ることになったの」 「映画のヒロイン、興味はあるけれど、私、一回だけエキストラしたぐらいしか経験ないよ?」 「大丈夫! とりあえず明日のお昼一時に、そこの公園に来てみて! 会議あるから」  公園で会議か。とりあえず興味はあったし、あっちゃんが関わっているから行ってみることにした。  あっちゃん、小学生の時、一緒に遊んだ事あるけれど、私の事、覚えていない雰囲気だったな。でも映画の話している時はそうでもなかったような……。    次の日。公園に着く。結構広めでランニングも出来て、小さなテニスコートもある公園。見渡すと遊具コーナーに三人の男子がいた。あっちゃんはブランコに乗りながら目を瞑り、あとのふたりは並んだふたつのベンチにそれぞれ横になり、これまた目を瞑っている。とりあえず誰も私の存在に気がついていないから、あっちゃんに小声で声をかけた。 「あっちゃん」 「うぉ、びっくりした!」  昨日とは反対で、今日は私があっちゃんに声をかけ驚かせた。 「おーい! ナツ来たぞー」  他のふたりが身体を起こした。 「ナツだ!」  大きめな男子がこっちを見て目を輝かせ「カメラカメラ」と呟きながら鞄からカメラを取り出し、いきなりこっちにレンズを向けてきた。ん? ナツって私? いきなりカメラ向けられてる? 「いきなり撮ったら、ナツ驚くじゃん!」 あっちゃんが止めてくれた。 「ごめんごめん」  今日初めて会ったふたりは兄弟。今、私を撮ろうとしてきた身体が大きくて、ふくよかな人はお兄ちゃんで私達よりひとつ年上、高校二年生。カメラが大好き。名前は(のぞむ)くん。小柄でほっそりした人は、中学二年生で、映画が大好きな男の子。(りつ)くん。 「会議ってここでするの?」 「そうだよ!」  あっちゃんがそう言うと、公園の端にある、屋根つきのベンチとテーブルがある場所へ移動した。 「はい、これ台本」 ベンチに座ると、隣に座ったあっちゃんから台本を手渡された。  初めての台本。表紙には『短編映画 約束の花火』とパソコンで打った文字の題名。十枚ぐらいのA4の紙がホッチキスで止めてあったのだけど、端が揃えられていないのが少し気になった。パラパラとめくると、あの貼り紙と同じ手書きの文字でびっしりと書かれていた。あっちゃんの文字。全部パソコンで文字を打とうと思っていたのだけど、表紙を作ったら打つのが面倒になり、中を全部手書きにしたらしい。私が貰ったのはそのコピー。  ナツが散歩をしていて、森の中に入ると、木陰で寝ているコウと出会う。なんとなく彼の横に座って、しばらく眺めていたら目を覚まし、いきなり「やっと会えた」と呟かれる。ナツにはその言葉の意味が分からない。それから一緒に過ごすようになり、ふたりは恋に落ちてゆき……。ラストが気になったので、途中、読み飛ばした。 「一緒に花火を見ようね」と目の前から消えてしまったコウと約束をした事、彼と過ごした温かい日々の記憶を空に浮かび上がる花火と重ね合わせ、涙するハル。 「えっ? めちゃくちゃ良いシーン! でも私、泣いたり出来ないかも」 「練習だね! じゃあ、まず一緒に台詞の部分、読んでみようか」 あっちゃんがそう言うと、私は無言で頷いた。台詞とか映画を見ながら真似した事はあるけれど、こういうのは初めて。台詞読みが始まる。 「やっと会えた」 「えっ? どういうこと?」 「ううん。何でもない」 「……ねぇ、何でここで眠っていたの?」 「何でかな? ナツに会う為?」 「えっ? 何で私の名前を知っているの?」 「とりあえずここまでかな?」 あっちゃんが台詞を止めた。 「希、今の再生してみて!」 「おっけー!」 いつの間にかカメラで動画が撮られていた。カメラについているモニターで、その映像を確認する事が出来るらしく、希くんが映像の再生ボタンを押した。今読んだ台詞も聞くことが出来た。  えっ? 何これ……。頭の中ではとても上手く読めている気がしたのに、自分の台詞を聞いてみて「うわっ!」ってなった。すごく棒読み。滑舌悪い。画面を見ると想像以上に無表情。あっちゃんはとても自然に台詞を言っていて、表情もその台詞に合っている。 「撮影ね、七月の中旬ぐらいからかな? そして花火のシーンは八月一日、この街の花火大会と合わせて撮るよ! まず、練習だね!」 あっちゃんが微笑んだ。 今五月の最初だから……。指を折りながら数える。五、六、七月の中旬くらい。 「本番まで三ヶ月もないんだ!」 私は不安になった。 「会える時は会って練習しよう! 平日も含めて」 「色々よろしくお願いします!」  休みの日は、公園でみんな集まったり、撮影する場所の下見やカメラのアングルをチェックしたり。後は、映画とは関係のない事を話したりもしていた。そして平日は、学校が終わった後、あっちゃんと私、二人で練習する。そんな感じで、撮影の日までほぼ毎日あっちゃんと一緒に過ごす事になった。  ふたりで練習する時の初日、あっちゃんはいっぱい本を貸してくれた。大きくて白い紙袋がぎゅうぎゅうになるくらいの数。滑舌良くする為の練習方法や腹式呼吸の仕方などが書いてある発声の本、演技の基本、感情の作り方や役者の身体作り、歌、パントマイム…マナーの本まである。 「撮影開始の日まで、こんなに読めないよね?」 あっちゃんは私の顔を覗き込んだ。 「……うん」 「とりあえず、時間がある時は、発声の本と、演技の基本の本と……そして、俺がまとめたこれを見て欲しい」 彼が書いたノート。手渡されたA4サイズのノートをパラパラとめくる。五ページ分、文字やイラストが書かれていた。 「重たいから持つよ!」って言ってくれて、家の前までそのはちきれそうな紙袋を持ってくれた。  家に帰ると、早速家のベットで転がりながら読んでみた。最初のページを開く。 『役者という自分は完成する事がない。一生上を見て歩く。常に本物に触れる感じる観る。そしたら自分が常にちっぽけである存在だと気がつく。そして常に練習! 練習! 練習! 自分の役者に対する考えはこんな感じです(ピース)では次のページで演技のお話をするよ! 俺もまだまだ未熟で分からないことばかりで教えられる事なんて少ないしもしかしたら間違えている事も書いちゃったりしているかもしれないけれど読んでくれたら嬉しいです』  次のページを開いた。『演技 まずは台詞のない演技。何かをしている(じっとしているも)→心の中の台詞が動くきっかけが起きる。それは外から感じるのものと内から感じるものがあるんだけど……』 最後には『このノートの文章や写真とか、ネットにあげないでね! 知らない人に引用されて、マウントとられる怖い未来しか見えないから(怯える顔文字の絵)』とも書いてあり、クスッとした。細かくびっしりと文章が書かれてあり、時にはイラストも。とても分かりやすかった。次々に足したい事思いついたら書きたいから、とりあえず会う時に毎回持ってきて欲しいと言っていた。次にどんな事が書かれるのかな?って考えたらうきうきして、私の楽しみのひとつになった。  ノートを読んでいると、憧れの女優さんが頭の中に思い浮かんできた。元々恵まれた才能であそこまで辿り着いたのかもしれないけれど、もしかしたら並々ならぬ努力をしたからあの位置まで行けたのかもしれない。  そして、あっちゃんは予想外にとても熱い人だった。どっちかというと、小さい頃から冷静な人ってイメージだったから、きっと、私は彼の事を、表面上だけしか知らなかった。 「どうだった?」 「すごく分かりやすくて勉強になりました! ありがとう!」 「本当? 良かった!」  「じゃあ、今日も書くね、ノート貸して! さっき思いついた事、忘れないうちに書いちゃう。台本読んでて!」 言われた通り、台本を読んだ。家では声を出して読んでいたけれど、演技の上手いあっちゃんの前で声を出して読むのが、なんとなく恥ずかしかったから、心の中で。そんな私の気持ちに気がついたのか分からないけれど、彼は「声を出して読んでも大丈夫。俺、聞こえてないから」って言ってきた。私は控えめな声で読んだ。彼は集中してノートを書いていた。  その日の夜、ご飯やお風呂などを済ませ、パジャマになり布団に潜り込む。そして彼がさっき書いてくれたノートを開く。『人間観察も大事。身近な人でも良いし映画の中の人だって良い。ちなみに俺は動物も観察しているよ!その言葉はどんな気持ちで話しているのかな?どうしてそんな表情行動するのかな?とか考えたり、時には真似をしてみたり……』今回も詰め詰めでびっしりと書いてある。『、』がないし、読みずらいけれど、一生懸命書いてくれているのが伝わってきた。  最後は『そのうち、今、目の前の人が発したその言葉は表向きの言葉で、心の中で実は別の言葉を言っているのかな? 今、俺が聞いた言葉は本心じゃないな。って、しょっちゅう考えるようにもなって、裏を深読みしすぎなのかなって気もするけれど。人間が少し、怖くなっちゃった(笑)←この笑いって文字にも裏があるよ!気がついた?』最後の文章は『、』があって、文字と文字の間隔が微妙だけど広くなっている。考えながら書いているのかな? あっちゃんの本音? 前回の最後も?  数日後。その日は、あっちゃんと「エチュード」というものをやる事になった。 「ねぇ、ナツは好きな人、誰でも。動物やぬいぐるみとかでも良いよ! 誰かいる?」 「うーん……。一番に思いつくのは、家にいる犬かな? 白いゴールデンレトリバーのらぶちゃん。女の子!」 「じゃあ、俺、らぶちゃんに今からなる! らぶちゃんが人間になった設定ね!」  私が小さな頃からずっと一緒にいるらぶちゃんに、あっちゃんが今からなる。想像しただけで何だか面白い。どんな風になるのかな?ってワクワクする。私は私の役?のままで良いのかな? 「あたい、らぶよ!」 急にあっちゃんの演技が始まった。彼の話し方が急に変わり、声色も高くなった。 「ねぇ、いつも遊んでくれて嬉しいのよ!」 「……」 「何か話して!」  素のあっちゃんの声に戻り、小声で催促してくる。  えっ? どうしよう。  ふたりの間に、音のない時間が流れる。  リビングで、私がバタバタと忙しくしている。その姿を寂しそな顔しながらこっちを見つめている、窓の前にいるらぶちゃんの風景が、ふと頭の中に浮かんできた。 「……ありがとう」 まずは、お礼を言った。 「でも、最近遊ぶ時間が減ってごめんなさい」  言葉が自然に出てきた。多分らぶちゃんに対する本音。最近、リアルで遊ぶ時間が減っている。 「こっちこそありがとうよ!」 自然な流れで答えてくれた。 本当に可愛くて愛しいらぶちゃんに見えてきた。 「最近忙しそうだもんね。でも遊べなくても、ただ隣にいてくれるだけでも嬉しいかも! 話しかけてくれたら尚更! 本を読みながらでも良いし」  実際、らぶちゃんの気持ちはらぶちゃんにしか分からないけれど、なんだか今、あっちゃんにらぶちゃんが乗り移っている気はしてる。 「話を作ったりも練習に良さそうだけど、それよりも、台本の演技練習は?」 「それよりもって何? こうやって話作って演じるの、すっごく楽しいんだから!」 彼はムッとしていた。  ちょっと言い方間違えたかな?って私は反省した。 「しかもね、これを習慣化して、何年かたったら、テーマを決めるだけで、登場人物や物語がすらっと頭の中で描かれるようになって、ひとりで何役もやって遊んだり、更に面白くなるんだよ! ちなみに、個性的なキャラを作る時はコントとか、ギャグ漫画とか参考にしている事が多いかな」  今何か作って!と言われても、何も思い浮かばない。それを彼はさらっとやって、上手に演じる。尊敬した。そして、キラキラしながら語っている。  彼のキラキラ。好きな事をしているのが本当にひしひしと伝わってくる。 「ノート、どう?」 毎回、彼はこの質問をしてくる。内容がすっと頭に入ってくる事や、書いてくれた内容について答える。 「ノートの事もだけど、あっちゃんって沢山自分の考えや言葉を持っていて、こんなに話をする人なんだなって思った。小さい頃は無口なイメージだったから」 「……多分、他の事に関しては無口なんだと思う。好きな事だからこんなに話す事が出来るだけ。周りにはよく分からない人だとか陰で思われてそうだし、この世界で損してるタイプだよね、きっと」  彼の弱音をどんどん知る。彼は小さな頃から、いつもどんと構えていて、強い心を持っていそうなイメージだった。知らない部分が本当に、次々と見えてくる。  適当な返事をしたら駄目だなって気持ちになって、しばらく考えてから言った。 「でも、私はあっちゃんの書いたノートやひとつひとつの言葉、演技への向かい方が好きだし、希くんや律くんもあっちゃんと一緒にいるのが楽しそうだし。それで良いんじゃない?」 「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。でもね、映画の撮影が終わったら、接点がなくなって、みんな当たり前のように離れていくよ、きっと」  彼の言葉を聞いて、私は口には出せなかったけれど「私は離れないよ!」って心の中で呟いた。口に出せなかったのは多分、その言葉に確信が持てなかったせい。  彼が心の隙間を見せてくれるから、私も何かを打ち明けたくなった。誰にも話した事がなかった、私の夢。 「私ね、前から女優さんに憧れていて、女優さんになりたいって夢が心の中にひっそりと住んでいたんだ。でも東京行かないと活動出来なさそうだし、高校入ったばかりで、東京まで行く交通費もないし。そんな時にヒロイン募集の張り紙を見つけて、ただじっと眺めていたら、タイミング良くあっちゃんが声をかけてくれた」 「やっぱり東京はチャンスが溢れているよね……。俺も、最近までは東京の劇団を辞めて、北海道に戻って、大好きなお芝居が出来なくなるのかなって、実は不安だったんだ」 「そうだったんだ……」 「でもね、今、ここで出来る事は沢山あるよ! 将来身動き取れるって仮定して、今出来る事を、精一杯すれば良いのかなって俺は最近思った。レベルアップする為の本を読んだり、演技の練習したり、急に来るチャンス、いつでも掴めるようにね」 「私、そこまで考えた事なかった。同じ歳なのに、しっかりした考えを持っていて、凄い」 「全然凄くないし。俺は柚葉の方が、描いた夢があって、それが演技の入口になっていて凄いと思う。俺なんて、東京の劇団に入った理由が『仲間が出来てひとりじゃなくなるかも』だからね」 「……」  なんて答えれば良いのか分からずに、黙ってしまった。 「今の聞き流して大丈夫だよ!」  いつも、彼に見透かされる私の心の中。 「あとね、北海道にもあちこち劇団あるし、ここからだと頻繁には行けないけれど、札幌で結構オーディションが行われているらしくて、ローカルが多いけれど、全国の映画やCMもあるみたいだから、そんな演技の場もある事も踏まえて、今後考えてみても良いかも。今の時代だとネットを使って何かをしてみたりも……」 「えっ? そんなに! 色々あるんだね! 知らなかった。詳しいね!」 「ただ興味があるだけだよ。まずは実力つけないとね! ところで女優になりたいのは親とか知ってるの?」 「知らない。なんか言ったら無理だって馬鹿にされそうだし。あっちゃんの親は?」 「知ってるよ! いつも俺がひとりでいるのを気にして、劇団に連れて行ってくれたの父さんだし、結構、今はどんな役をしているのかとか、気にかけてくれてる」 「そうなんだ。羨ましいな」  やりたい事を家族に理解されていて羨ましいな……。私にとって“ 女優になりたい夢 ”というものはまだ、蜃気楼のようだし。親に言うと否定されそうだし。なんだか「これが夢です」って伝えるのが、ただ怖い。この映画の事だって、何も言っていない。唯一言えたのは、冬のエキストラに参加した時。未成年は親の承諾が必要だったから。「友達に付き添ってって言われたんだけどね……」って、私ひとりで行くのに、やりたいのは私なのに、母に嘘をついてしまった。     六月中旬。いつものように公園に集まり、台本を一緒に読んでいた。その日、宿題を出された。 「そろそろ台本覚えた?」 「うーん。微妙。覚えようと思って何回も台詞書いたりもしてるんだけど、なんか頭に入ってこなくて」 彼は腕を組みながら空を見上げて何か考えている。 「よし、宿題! 台本には載ってない部分、ナツの人生、どこで生まれて、どう過ごしてきたのか。今のハルの年齢、十六歳までを書いてみて! あとね、趣味や好きなものとか……。思いつくもの全部! こっちも書いてくる! 面白いんだよ! 考えるの」  語る時の彼は、今日もキラキラしていた。  夜。寝る準備を済ませ、自分の部屋の机に向かう。 「うーん……」  私は今、台本とにらめっこしている。  今私が演じようとしている女の子は、どんな女の子なのだろう。そこまで考えた事なかった。しばらく台本見ても何も思い浮かばないからとりあえずベットに移動してごろごろした。きっと、出ては来ないけれど、両親は健在っぽい。  私は目を瞑り想像してみた。このお話は散歩して森に入るシーンから始まる。散歩するまでは台本には書いていないけれど、朝起きて、カーテンを開けて「天気が良いな」って独り言も言ったりしているかもしれない。自分の家は、両親と妹、私の四人で暮らしている。それぞれ自分で準備した朝ご飯をそれぞれのタイミングで食べて外に出る。でもナツの家族は、両親と、私の三人暮らしで、みんなで一緒に朝ご飯を食べるのかも。  そこから私の想像の世界が広がってゆく。一緒にご飯を食べているこの両親から、ナツは産まれた。どこで? そしてどうやって育っていく? 何に興味を持ち始めるの? 心の中で問いかけながら、その答えを見つけていく。  書かないと……。  そう思うけれど、考えているうちに眠ってしまった。    次の日。最近授業中は、いつも映画について考えている。今日も黒板に書かれている文字をノートに写しながら、別の紙に思いついたナツの事をひたすら書いていった。書いていくと、ナツの事、分かり始めた。  学校が終わった後、いつものように公園へ行き、あっちゃんにそれを見せた。 「どうかな?」 いつもはあっちゃんが書いてくれているノートについて、その質問をしてくるのだけど、今日は逆。心の中がモジモジする。彼もそんな気持ちでいつも書いたノートを見せてくれていたのかも。 「めっちゃいいじゃん!」 「本当に? こんな感じで大丈夫?」 「大丈夫だよ! これ、せっかくだからどこかのシーンに使おうよ!」  ずっとあっちゃんに見せたらどんな反応するかなって考えていたから、ほっとした。しかも私の考えた事を映画のどこかのシーンに使ってくれる! 自分の考えを形にする事に、少し自信がついた。    六月下旬。台本の内容を演じる練習が始まった。あっちゃんは相変わらず分かりやすく演技について教えてくれる。例えば、コウと喧嘩して怒るシーンの時。 「なんでそんな事言うの?」って台詞を上手く言えないでいたら彼に質問された。 「柚葉が普段怒る時ってどんな時? 喧嘩する事ってある?」 「うーん。最近は、二歳下の妹に対して怒ったかも」 「なんで怒ったの?」 「隣の部屋で音楽かけててうるさかったから、後は、貸したお気に入りの服の胸元に大きなシミをつけられたり……」 「ふふっ、面白い理由だね」 「なんでそんなこと言うの? 面白くないし」 「いや、想像しちゃって」 「笑わないでよ! 本当にシミとれなくてあせったんだから」 「今僕が笑って、怒った?」 「怒った」 「うん、怒るってそれ!」 「……」 「今、どんな感じになった?」 「……なんか、お腹の奥底からイライラが沸騰してくる感じ」 「感情出すの苦手とか言いながら、ちゃんとあるじゃん!」  「でもね、それをいつも心の中で押さえちゃう。しまい込んで、なかった事にしちゃうの。言いたい事も言えなくて、喧嘩までたどり着けない」 「素直に出してみて? 台本の内容、もっと感情爆発させても良いかも。とりあえず、もう一回読んでみよ? じゃあ俺から読むね」  彼がそのシーンの始まりから読み始める。 「もう、来るな!」 「なんでそんな事言うの?」 読みながらコウに対してさっきよりもイライラした。そのイライラを表に出す事が出来たのかな? 私、さっきよりも台詞に感情が乗った? 「今読んでいるシーンは、この会話をしてからコウとナツがしばらく会えないから、結構大事な所だよね!」 「そうだね」  こうやって台本の分析もしながら進めていった。    あっちゃんだけではなく、希くん、律くん兄弟も気を使ってくれている。そして、彼らはマイペース。  ふたりはみんなで集まる約束をしても「今日は読みたい漫画があるから」って理由で来ない日がある。マイペースな生き方が羨ましいなって思う。表面上はマイペース。でもきちんと周りの事が見えている。  希くんは、私が演技が上手く出来なさすぎて行き詰まっていると「みんなで走ろう」と言い、気分転換する方法をさりげなく提案してくれて、急に公園のランニングコースを四人で走ったり。  律くんは、集まる時、必ず人数分の飲み物とお菓子を準備してくれる。そして、喉が乾いたなって時に、ちょうどタイミング良く飲み物をくれたり、小腹が空いたなって時間にお菓子もくれる。  終わっても、みんなと繋がれていたら良いのにな。過ぎてく日々に比例して、そんな想いが募ってゆく。  練習をしていると、自分の感情を知ることが出来たり、演技が少し分かってくるのと同時に、もうひとつの大きな変化があった。 「俺、ナツの事が好き」  七月に入ったばかりの頃、あっちゃんとふたりで練習をしていた時。公園のベンチに一緒に座り、私はピンク色のボトル、あっちゃんは水色のボトルのラムネを飲んでいた。その時、彼は突然そう言った。  その台詞を聞いた瞬間は、台本にあるコウの台詞かなって思ったんだけど「?」ってすぐになった。  コウは自分の事を「僕」って呼んでいるから。話し方もコウと違う。あっちゃんだ。 「ん? 今のはコウじゃくて、あっちゃんの言葉?」 「そう」  お互い、青い空に視線をやりながら会話をしている。 「好きなのは、ナツ?」 「ナツっていうか、柚葉」 「……えっ?」  初めて告白された。しかも、こんなに自然に。私は目を見開き彼を見た。  私は、その言葉を聞く前から彼の事が好きだった。確かな事は、役が恋人役だからその流れで、とかじゃなくて、演技をしていない彼、ひとつひとつの事に惹かれていったということ。 「私も、同じ気持ちです」 そして付き合う事になった。 「台詞を言うと、なんか気持ちが崩れちゃうの。気持ち作れているのかさえよく分からないんだけど……。なんて言えばいいのか、ナツにならなきゃって気持ちが強くなりすぎて」 「じゃあ、一回、役の事を抜きにして、ナツとコウではなくて、柚葉と俺、そのままでやってみよう!」  悩みを相談すると、提案してくれたので、素直にそうしてみることにした。  今の私達の関係を考えれば、さっきよりも自然に出来る、きっと。  実際にやってみると、台詞を出さないと!って感覚がさっきよりもなくなる。言いやすくなった?  もしかして上達したのかもって思う時はいつも私の心の中の台詞の語尾に「?」がつく。実際始めたばかりでよく分からないし、演技って、正解がない事だと思うから、多分。  きっと前に進めている。うん、きっと。 「こういうの、毎日やってみよう!」 「うん!」  七月中旬。撮影がついに始まった。  ロケ地は森の中。左右見渡しても、緑色の葉がもりもりとしている木ばかり。小道を進んでいくと、近くに小屋が見える場所に着いて、スタンバイ。  希くんがカメラを持ち、色々な設定をしているっぽい。律くんは大きなマイクや、レフ版と呼ばれる白くて裏側が銀色のものを確認している。ロケハンで試し撮りをした時に台詞がある時はマイクを持ったり、バストアップ撮るシーンで台詞がない時にはレフ版持って顔色綺麗に映るようにしてくれたり、忙しそうだった。  本番は、私がエキストラをした時の映画の撮影みたいに、とても大きいカメラに線とかが色々ついていて、使い方とかよく分からない機材も沢山持ってくるのかな?って予想をしていたけれど、カメラは希くんがいつも使っている一眼レフカメラそのままで、機材も想像よりはるかに少なかった。  集まった時にちらっと質問してみると、 「一眼レフカメラはバッテリーの減りが早いけれど、映画みたいに綺麗な画が撮れるんだ。機材は、ひとつひとつの値段が高くて手が届かない! お金があったら、まずはレンズを揃えたい」って教えてくれた。  準備が終われば本番が始まる。そろそろかな?私はずっとドキドキしたけれど、それに気がついてくれて、あっちゃんが「大丈夫!今までの事をやればいいだけ」と言いながら背中をぽんぽんとしてくれた。 「じゃあ、カメラ回します! シーン1!スタートゥ!!」  希くんは、テンション高めに叫んだ。最初は私ひとり。散歩する為に森に入り、歩くシーンから始まる。  撮影は順調に進んだ。演技だけではなく、たまに映らないシーンはマイクを持ったり、律くんのお手伝いもした。  動きや台詞を間違えたり何回もしちゃったけれど、何とかここで撮らないと行けなかったシーンを撮り終える事が出来た。  数回、どんな感じに撮れているか、撮影したシーンを見せてくれた。  あっちゃんと比べると私なんか未経験だし、演技が下手だなって思ったけれど、一番最初に台本を読んで、こっそり撮ってくれてた映像の自分と比べたら、変われたっぽい。  あとは、台本を確認した時からずっと一番不安だったシーン。花火大会のシーンだけ。  そんな時に、事件は起こった。  七月下旬。花火大会の日の打ち合わせをしようと、公園に集まると、希くんと律くんがいて、あっちゃんがなかなか来なかった。ふたりはうつむいて、しょげている。 「どうしたの?」 彼らは、明らかにいつもと様子が違った。 「あっちゃん、引っ越した。連絡来た」 「はぁ?」 突然希くんが訳の分からない事を言い出した。希くん、大丈夫かな?って気持ちだった。彼の空想だと思っていたその発言は、現実だった。  あれ? 私達、付き合ってるよね? 何も聞いていないのおかしい。何で私、何も知らないの? 「嘘だよね?」 「本当の話」  何回もしつこいくらいにその言葉のやりとりをした。私は電話をかけてみた。出なかった。メッセージを送っても既読にならないし。とにかく信じられなかった。 「花火大会の日の撮影は、コウの事を思い出すシーンだけだから、あっちゃんいなくても撮影には影響はない。ただ、ナツは大丈夫? あっちゃんいなくても出来そう?」  私に何も言わずに目の前から消えたあっちゃんにイラッとしたし、悲しかった。もう、色んな感情が混ざって、おかしくなりそうだった。  花火大会の日まで何回も電話とメッセージをしても、連絡は取れないし、心配になって来た。希くん達は引っ越したって事知らされているのに私だけ教えてくれなかった。  私に愛想尽かしたから? 「彼がいなくても私は生きていける。忘れてやる! 嫌い! もうあっちゃんなんか知らない!」  自分にそうやって言い聞かすしか、心を保つ方法はなかった。  花火大会の日が来た。川が近くで流れている。人がいなくて、花火が綺麗に見える河川敷。希くん達が場所を一生懸命探してくれたおかげで、とても綺麗な風景が撮れそうだった。  問題は私の演技が上手くできるかどうか。今の自分、きっと目の前から消えたあっちゃんとコウ、重ね合わせるんだろうな。本番でそれをする事が良い事なのかよく分からない。そうする事をあっちゃんに言ったら、なんて答えてくれるのだろう。 「上手く出来るかな……」 「大丈夫! ナツは短い期間だったけれどめちゃくちゃ頑張ってた」 律くんが言葉をくれた。 「カメラ越しに演技見ていたけれど良くなってる。ラストシーン、全力でぶつかっていこう!」 希くんも。  この街の花火大会、花火が打ち上がるのは三十分。NGはそんなに出せない。というか、一回でOKを出す。  私は出来る。私は出来る……。  ふと、思い出す。 「私、ヒロイン役、無理かも。演技出来ない。特に花火を見ながら泣くシーン。私ね、怪我して痛かった時にしか、泣いた記憶がないの」 「出来る、大丈夫!」  私があっちゃんに、弱音を吐いた時、彼はそう言いきってくれた。その時の景色が鮮明に浮かんできた。  花火が打ち上がる時間が近づいてくる。あっちゃんか、コウか、もうどっちなのか分からないけれど、彼の姿が浮かぶ。急に私の前からいなくなってしまった彼。なんだか悲しい気持ちになってきた。その気持ちは少しずつ大きくなって、私の心を支配する。  スタンバイする。  カメラが回った。  空を見上げる。  カラフルな花火が次々に打ち上げられた。  コウと一緒に過ごして来た日々を思い出す。最初はコウに警戒していたけれど、少しずつ打ち解けて。一緒に小川や花を眺めたり。毎日私がコウのいる森に通い、お互いに惹かれていき、付き合う。そして、幸せ絶頂の時に、喧嘩して。その時の会話が最後となり、彼が私の前から消えてしまう。そして、幸せの全てが一気に崩れ落ちる。  涙が溢れてきた。 「一緒に、一緒に花火を見ようねって約束したのに……嘘つき」  私はずっと花火を見つめていた。 「ナツ!」  花火を見つめ、演技に集中していると聞き覚えのある声。思わず花火から視線を外してはいけないのに、カメラが回っている事を忘れ、声がした方を向いてしまう。 「えっ? なんでいるの?」 「会いたいから、一緒に花火見たいから来た」 「そういう事ではなくて……」  突然目の前から消えてしまった、彼が、今、いる。 「なんで黙っていなくなったの?」 涙声で私の声がぐしゃぐしゃ。 「ごめん……」  彼も同じような声。 「僕の大好きな恋人と……。ナツと一緒に花火が見たくて戻って来た。すぐに戻らないといけないけれど」 「はっ? 大好きな恋人? あなたは大好きな恋人を置いていくの? だまって消えるの?」 「ごめん……」 「それに私、もうあなたの事、忘れたから! もう好きじゃないから!」  彼がいなくなってから自分に言い聞かせてきた言葉を、思い切り彼にぶつけた。 「僕は一生、ナツが好き。愛している」 「やめて! 忘れようと思ったのに、忘れられなくなるじゃん。私はあなたが嫌い」 もう彼に何を伝えたいのか、自分が何を言っているのか分からない。好きじゃない、嫌いって言葉を彼にぶつけるたび涙が溢れてきて、今、自分は嘘をついているんだって気付かされる。 「本当は、好き……」 本音を、精一杯の言葉で呟いた。 「僕も好き。今日ここに来れて良かった。またすぐにあっちに行かないと行けないけれど」 「行かないで、行かないで! お願い……。寂しい」 「僕も寂しい。好きな気持ちのまま離れないと行けないのは。ナツのそんな悲しい顔を見ながら、君の前から消えないといけないんだと思うと、しんどい。しんどすぎる」  彼が近づいてきて、私達は花火を背景に抱き合った。そして目を合わせると、手を繋ぎ、一緒に花火を見上げた。   最後の花火が打ち上げられて、しんとなる。 「今日、一緒に花火が見られて良かった。もう行くね! ナツの前から消えても、僕はずっとナツの事を愛しているから。前に進むのが怖くなった時とか、ふと思い出して? 僕はナツの心にずっと寄り添っている。だからナツはひとりじゃないんだって事を覚えていて?」  彼の話す言葉は芯があって、説得力があるから「そうなんだ」っていつも思わされる。今も少しだけそうなんだなって感じた。一緒に着いていきたいけれど、そう簡単に着いて行くことの出来ない、今の私の立ち位置。早く大人になりたい。私は彼と離れるこの気持ちをどうしたら良いのか。またいなくなってしまう。せめて彼の感触を私に刻み込んでおきたくて、彼を抱き寄せた。それから私たちは両手を取り合い、一緒に微笑んだ。  ――もう、私達の間に、何も言葉はいらなかった。 「はい、カットー! さいっこう!!」 背後から今まで聞いたことの無いテンションで叫ぶ希くんの声が聞こえた。振り向くとめちゃくちゃ笑顔でこっちを見ている。 「こんな良いものになるなんて……」 希くんの横で律くんが泣いていた。私はただ呆然としている。 「えっ? 何これ? このシーン、映画のシーンじゃないよね? 台本になかったよね?」 「柚葉、ごめんなさい! なんか色々嘘でした! とりあえず涙、これで拭いて?」 あっちゃんがそういいながら、ハンカチを差し出した。 「はっ?」 今見ている景色は何? ずっと流れ出て止まらなかった涙は一瞬で心の奥底に帰っていった。彼のハンカチ、一応受け取ったけれども、そのハンカチで拭く涙はもうどこにもない。少しずつ積み上げられた私の感情は、一気にどこかへ吹き飛ばされた。 「とりあえず、OKシーン繋いだ粗編集は二、三日で出来ると思うけれど、出来たら動画ふたりに送る?」 「見たいな!」 あっちゃんが何事も無かったように弾む声で答えている。 「じゃあ送るね! 帰ったらすぐ編集したいから、もっと早くに送れるかも!」 希くんもずっと笑顔ではしゃいでいた。 「感動を、ありがとね!」 律くんからお礼を言われた。  なんか、騙されていたけれど、そのシーンが一番観るの楽しみだったりするから、良いのかな? いや、良くない? とりあえず今は気持ちを切り替えて、あとで、あっちゃんと話し合おう。 「完成したら、みんなで見る? 希達の家、プロジェクターあったよね?」 あっちゃんが言った。 「見よう! 家に来て、試写会やろ!」 「えっ、プロジェクターって、映画とか大きくして見れるやつ?」 「そうだよ! たまに俺、希達の家で映画みるんだけど、いいよー!」 「楽しみ!」 自分が出ている映画が大きい画面で見られるなんて、想像しただけで胸が高まった。どんな感じになるのかな? 「次の作品、僕が書いてみたいな!」 律くんが言った。  次の作品……。みんなとまだ繋がり続ける事が出来るんだ! そしてまた演技が続けられる。  ふと、あっちゃんに視線を向けた。  ――もう、ひとりじゃないね!  心の中で呟くと、タイミング良くあっちゃんもこっちを見て、微笑んだ。
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