約束の花火

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約束の花火

 八月の中旬。そろそろ北海道では夏休みが終わる。完成のお知らせが来たので希くん達の家で予定通り、鑑賞会が開かれる事になった。  鑑賞する時につまめるクッキーを前日に焼き、当日、約束の時間の十三時まで時間があったから、フライドポテトを朝から揚げた。普段お菓子とか作る事をしないのに、なんだかワクワクして。  あっちゃんと再会した商店の二階に、希くん達家族が住んでいる。時間になり、私は持っていくものをまとめると自転車で向かった。  お店の裏側にあるチャイムを押すと、希くん達のお母さんが出迎えてくれた。彼女の見た目は、希くんをそのまま女性にした感じ。そして、とても優しいオーラを纏い、穏やかな雰囲気が滲み出ていた。 「こんにちは! おじゃまします!」 「こんにちは! 入って入って!」  ミシミシと音がなる狭めの階段を一段一段そっと上がった。小さい頃よく遊びに行っていたおばあちゃんの家の香りがして、好きな雰囲気。  部屋に入ると三人がいた。すでに部屋は暗く、撮った映画がプロジェクターですぐに観られるように準備されていた。 「柚葉来た! 早速観よう! おいで!」  一番映画が観やすそうな映像が流れるスクリーンの正面に、赤い二人がけのローソファーがあり、あっちゃんがいた。私はその隣に座った。 「僕は今まで風景動画しか編集したことなくて、映画とか本とか沢山研究したんだけど、編集きちんと出来ているか分からないけれど……」  ずっと話の止まらない希くんに、律くんが手に人差し指を当てて「静かに!」と言った。  持ってきたお菓子を準備するタイミングもなく、すぐに映画が流れた。あとで出せば良いかな。  オルゴールの曲が花火映像と共に流れる。  題名がフェードイン。  『約束の花火』  ナツが散歩をしていて、森の中に入る。  背の高い、緑色の葉がぼうぼうと茂っている木が、一本の小道を挟んで左右にずらっと続いている。  空は水色で、雲ひとつない快晴。水の流れる音や、鳥のさえずりが聞こえる。キラキラしている小川や小鳥のアップ。進んでいくと、木陰で木に寄りかかりながら座り、眠っているコウを見つける。ナツはコウの横に座る。しばらく眺めていたら彼が目を覚まし、ふたりは目が合う。 「やっと会えた」  愛しい人を見つめる様に、コウはナツを見る。 「えっ? どういうこと?」 「ううん。何でもない」 「……ねぇ、何でここで眠っていたの?」 「何でかな? ナツに会う為?」 「えっ? 何であなたが私の名前を知っているの?」 「何でかな? あ、僕の名前はコウだよ」  そう言いながらコウは、微笑んだ。 「暑いね! こっちにおいで!」 「え? あ、うん」  ナツは、導かれるようにコウの後をついていく。  周りの景色に馴染みきった、木で造られている小さな小屋に、ナツは案内される。中はシンプル。木の長いテーブルと、その長さに合っているベンチがテーブルを囲み、向かい合わせにふたつ。部屋の様子を警戒しながら観察するナツ。  コウが白くてシンプルなマグカップに500mlペットボトルの水を注ぐ。 「どうぞ、水。この森の湧き水なんだ」 「ありがとう」  マグカップがテーブルに二つ並べられ、コウは座る。ナツは警戒してパッと取り、水を確認すると、入口の近くで立ちながら少しだけ飲んだ。 「美味しい」  ナツが呟く。 「普段は何をしているの?」 「映画が観るの好き」 「どんなジャンル?」 「ホラーが好きかな」 「好きな色は?」 「濃いピンクと黒」  コウが質問して、ナツが答える。しばらく続く。 「また来てね!」 コウが満面の笑みで言った。 「……どうかな?」  ナツはそう言うと小屋から出ていった。 「結局、また来ちゃった。なんでだろう」  次の日、再び森を訪れたナツ。  昨日ふたりが出会った木陰からナツの事を立ちながら見つめているコウ。 「来ると思った!」  コウは微笑む。そしてナツに近づく。  悩ましげな表情をするナツ。  それから毎日、森に通うナツ。もちろんコウに会う為に。  台詞をミュートにした状態で、スローテンポの優しいオルゴールの音が流れる。曲に合わせて、ふたり一緒に花や空を眺めたり、笑い合うアップ……何カットも流れる。段々とふたりの心の距離が近づき、幸せそうな姿。  その映像に、数秒ごとに何回も、テーブルに置かれているふたりのマグカップのアップが映し出される。少しずつマグカップの距離も近づいてゆく。  完全にマグカップがふたつくっついた時、曲が止まり、音が戻る。  ふたりは森の中を歩いて、小川の前で体育座りをした。 「僕、ナツの事が好き」 「……私もコウが好き」  マグカップみたいに寄り添うふたりの背中が映る。  ある日、花火大会の話題になる。 「ねぇ、花火、一緒に見に行かない?」 「花火、良いね!」 「八月一日ね! ちょうど一ヶ月後。約束だよ! 絶対に行こうね」  シーンの映像はさっきよりも少し暗め。  外は大雨、小屋の中。 「もう、来るな!」 「なんでそんな事言うの?」 「もう会いたくないからだ!」 「ひどい」  二人は怒鳴りあっている。  ナツは仲良さそうに並んでいたふたつのマグカップを壁に投げつけて、割った。  そして外に勢いよく飛び出した。 「はぁー。ずっとこの世界にいられないのは、ナツのせいじゃないのに、やつあたりして、ごめん」  コウは頭を抱える。  開きっぱなしのドア。外を見た。 「雨、すごい。ナツ、濡れちゃうじゃん」  傘を持ち、傘を閉じたままずぶ濡れになりながら走る。ナツを追いかけようとするけれど見当たらない。  森を抜けたらすぐ見える道路の向こう側にナツがいた。コウは全力で森の入口まで走り、立ち止まる。 「ナツ!」 何度も呼ぶがナツは気が付かない。 「森から出たら僕は……。でももう彼女はここに来てくれないかも知れない」  コウは森から出る。  コウの姿が透明になってくる。  消えかかっている手を確認する。  ――まだ消えたくない! お願い! せめてこの傘を渡して……仲直りがしたい。 「ナツ! ナツ!」  何回も呼ばれ振り向くナツ。誰もいない。 「あぁ、嫌だ。まだ消えたくない……。あの日の約束、まだ叶えてない。森に引き返せば姿戻るか……駄目だ。もう動けない」  コウの身体は少しずつ透ける。  完全に、消えた。  ナツは次の日、仲直りがしたくて小屋に行くけれど、コウに会える事はなかった。  ナツは何日も森に通った。  通ってるうちにふと思い出す。  コウが時々透けていて、見えるはずのない身体の向こう側にある緑の木がうっすら見えていたことを。 「もしかして、コウは……でも…」  花火大会の日。  ナツは濃いピンクに大きな花模様の入った浴衣を着ていた。ひとり河川敷に立っている。  空を見上げる。  花火が打ち上げられる。少しずつ表情が崩れていく。涙が頬を伝う。 「一緒に、一緒に花火を見ようねって約束したのに……嘘つき」  ずっと花火を見つめていた。 「ナツ!」  ナツは声がした方を向く。 「えっ? なんでいるの?」  目の前から消えてしまった、コウがいた。 「会いたいから、一緒に花火見たいから来た」 「そういう事ではなくて……」  コウがナツの隣に来た。 「なんで黙っていなくなったの?」  ナツの涙が溢れて止まらない。 「ごめん……」  コウも目に涙を浮かべている。 「僕の大好きな恋人と……。ナツと一緒に花火が見たくて戻って来た。すぐに戻らないといけないけれど」 「はっ? 大好きな恋人? あなたは大好きな恋人を置いていくの? だまって消えるの?」 「ごめん……」 「それに私、もうあなたの事、忘れたから! もう好きじゃないから!」  潤ったナツの目が泳いでいる。 「僕は一生、ナツが好き。愛している」 「やめて! 忘れようと思ったのに、忘れられなくなるじゃん。私はあなたが嫌い」  更に涙が溢れるナツ。  ナツは首を振る。 「本当は、好き……」  ナツは、呟いた。 「僕も好き。今日ここに来れて良かった。またすぐにあっちに行かないと行けないけれど」 「行かないで、行かないで! お願い……。寂しい」 「僕も寂しい。好きな気持ちのまま離れないと行けないのは、ナツのそんな悲しい顔を見ながら、君の前から消えないといけないのだと思うと、しんどい。しんどすぎる」  ふたりは花火を背景に抱き合った。そして目を合わせると、手を繋ぎ、一緒に花火を見上げる後ろ姿。  最後の花火が打ち上げられて、しんとなる。 「今日、一緒に花火が見られて良かった。もう行くね! ナツの前から消えても、ずっと愛しているから。前に進むのが怖くなった時とか、ふと思い出して? 僕はナツの心にずっと寄り添っている。だからナツはひとりじゃないんだって事を覚えていて?」  ナツはコウを見つめながら何か考えている。  ナツはコウを抱き寄せた。  しばらくふたりは沈黙して抱き合ったまま動かない。  しばらくすると、身体を離し、両手を取り合ったまま、お互いの目を見つめ、ふたりは微笑んだ。  真っ黒な画面。  高くて透き通った声、綺麗なビブラートが印象的な美しい歌声の歌と共にエンドロールが流れてきた。  流れていく名前達。自分の名前が載っているのが嬉しくて、流れてきて消えるまでずっと目で追った。自分の名前しか目に入らなかった。  エンドロールが終わると、台本にはなかった、私の知らないシーンが流れてきた。  映像はセピア色。  線香花火を一緒にしている小さな男の子と女の子の後ろ姿の映像と共にコウのナレーションが流れる。 「ねぇ、君は、覚えている? 十年前、僕がまだ生きていた頃。君は、あの森で、見知らぬ僕と線香花火を一緒にしてくれた。花火をしながら君は言った。『花火大会の打ち上げ花火、見た事ある?』僕は答えた『見た事ない』その時、この打ち上げ花火を一緒に見る約束を、すでにしていたんだよ」    場面は変わり、ラストシーンが撮られた河川敷でひとり空を眺める男の子の後ろ姿。  少しずつ、立ったまま姿が消えてゆく。  打ち上げ花火だけが映る。  文字とコウのナレーション。 「ずっと果たしたかったんだ、この約束を」 END  映画が終わると、みんなで拍手をした。  ドアの方からも拍手の音が聞こえてきた。  視線をやると、希くん達のお母さんがうっすらと開いたドアの隙間から覗いていた。 「エンディングの歌、僕たちの母、春子さんが歌いました」  律くんがお母さんを指さして言った。 「えっ? そうなの?」  私は物凄く驚いた。めちゃくちゃ美声で上手だった。  あれ? もうひとり、お母さんの後ろに誰かいる?  覗くと、私の母もいた。  えっ? なんでいるの? もしかして一緒に映画観てたの? 「実は、曲を作ったのは、柚葉のお母さん、秋子さんでした!」  あっちゃんが明るい声で言った。 「いつ柚葉が映画のヒロインやっている事を打ち明けてくれるのかなって、待ってたんだからー!」  私の母は頬を膨らませた。 「柚葉、お父さんにも内緒だったんだけどね、私達若い頃、組んでたの。私が作った曲をはるちゃんが歌って、ねっ!」  お母さん達は目を合わせてにっこりした。 「やりたいと思った事、どんどんやってきな! 今しか出来ない事も沢山あるんだから。芝居も良かったよ!」  全く予想していなかった母の言葉を聞いて、私は大泣きした。母も目を潤ませていた。  帰りは、母と帰った。  出しそびれて鞄に入れっぱなしだった、手作りのお菓子を、家に着いてから、一緒に食べた。  とても美味しく感じた。
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