第1話 お隣さんは魔法使い

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 警察、救急車、怪魔対策局に連絡を入れ、榎田を救急隊に預けた頃には、九時を回っていた。  すでに解決済みな上関係者宅ということもあり、今日のところは現場検証は後回しということになった。 「解決済みって……部屋ボロボロなんだけど。ホテル、空いてりゃいいけど」  自分と柊の分だけではない。もう一方の隣人もだし、下の階の人間と、ベランダの瓦礫が落ちた下の階も必要かもしれない。  今日もまた日付を跨ぐかもしれないと、ため息をつきながら玄関のドアを開ける。 「おかえりなさい」 「……へ?」  そこには、目を疑う光景が広がっていた。  広くなった部屋の先、ベランダが元に戻っている。割ったはずの窓も。崩れた壁も。全て元に戻っていた。 「どういうこと!?」 「修復しました。お隣さんと下の階の人の部屋も。びっくりしてましたけど、直したら、まぁいっかって」 「え、納得したの!? マジで!?」  怪我をしてなかったから許したのか。  いや、それより、リビングの壁だ。本来、隣の部屋と隔てていたはずの壁が無くなっている。 「あまり細かく破壊されると修復できないんです。無関係の人を優先したら、足りない分はここから出すしかなくて、すみません」  よく見れば、柊の部屋側のドアがひとつ欠けている状態だ。 「ま、まぁ、今回は僕にも非があるし、無関係の人を優先するのはいいと思う。ひとまず、雨風凌げれば十分だしね。  けど、昨日も言ったけど、お隣さんは、花も恥じらう女子高生! わかる? ちゃんとそっち側には僕が入れないように結界張っておくこと。いい?」  頷いた柊を確認すると、部屋をもう一度見渡す。 「一応、水とかガスとかは大丈夫そうです。試したので確実です。でも、冷蔵庫はダメみたいです」  確認のためとはいえ、部屋の中を結構探られたらしい。やましいものがあるわけではないが、他人の家を勝手に捜索するのは、注意しておいた方がいいだろう。 「はぁ……細かいことは明日やるとして、今日は疲れた……早く飯食って寝よ……」  冷蔵庫が壊れたなら、腐ってしまいそうなものを食べてしまおう。 「入る分、私の部屋に入れますか?」  大きすぎる誘惑だった。すぐに壁を修復できるわけでもないし、できたとして多少の食材を渡したところで、また買ってくればいい。女子高生から奪うほど金には困っていない。  柊の言葉に甘えて、冷蔵庫を間借りし、食品を移動していれば、中には漬け込んでいるらしい骨付きのラム肉に、野菜のナムル。 「作り置き? 偉いねぇ」 「これは朝、後輩が夕食分に仕込んでいったやつです。多めに作ってくれたので、お隣さんも食べますか?」 「待って。お隣さんの後輩が色々心配になってきたんだけど、弱みでも握ってるの?」 「違いますよ!? おさな……幼馴染です」 「いや、ちょっとそこは言い切ってほしいな。心配になるから。マジで」 「中学からの知り合いって、幼馴染ですか?」 「大人になったら、十分幼馴染レベルだから大丈夫」  随分と広くなった妙な家具の配置のリビング。  考えてみれば、隔てる壁が無くなったため、何気なく入っていたが、ここは柊の部屋。そして、料理を作るためのキッチンもふたつ。柊の部屋から出るために、こちらのキッチンを使うことになれば、柊が桜井の部屋に上がることになり、逆ももちろんダメ。  助けてもらいっぱなしの状況で、料理を全て任せるというのは気が引けるし、かといって任せてくれと預かるのも、おそらく柊がついてくる。 「タッパーのままでいいですか?」  すでに一緒に食べる気は満々だし、ここで断るのも妙な空気になる。 「さすがに皿に盛ろっか。あと、ちょっと待ってて」  思いついたそれを取りに、キッチンの戸棚を開ける。普段はあまり使わないが、こういう時にはちょうどいい。 「両面フライパンとコンロ。これでキャンプっぽく焼かない?」  目を輝かせて頷く様子は、どうやら気に入ってくれたらしい。  香辛料の良い香りの移った油が口の中を満たす。荷物を朝届けた上に、夕飯の仕込みまでしていく優しい後輩。きっと可憐でかわいく優しい女の子なのだろう。  やっぱり弱みでも握ってるんじゃないかと心配になる。  脳裏に過ったのは、先程の急変した怪魔の様子。 「明日、カーテンみたいなの間に引けるようにしておこうか」 「監視なら無い方が楽じゃないですか?」 「あのね、そういう監視はもう終わったの。今、そういうのやったら僕ら捕まるからね? というか、お隣さん、少しは危機感持ちなさい」  いくら魔法が使えるとはいえ、人間だ。寝ている時は無防備だし、体調が悪い時も疲れている時だってある。その時に、準備を整えて襲ってくる成人男性に対して、子供というのはあまりにも弱い。 「その気になったら、骨ごと飲み込ませることも、熱いフライパンを顔に当てることもできるんですよ? お隣さん自身の手で」  ラム肉を持っていた右手が、突然自分の意思とは関係なく動き出す。  意識して動きを止めようにも、まるでいうことを聞かない。 「私に手を出すっていうことは、そういうことですよ」  見上げるその目は冷たく、冷え切っていて、少なくとも年端も行かない女の子のしていい目ではない。 「……ケーキ?」 「ケーキ?」  ふと目を丸くした柊に、思い当たる玄関に置いたそれ。 「あぁ……一緒に食べようと思って買ってきたんだった……」  キラキラと目を輝かせている彼女の目は、年相応で、ぽとりと落ちたラム肉を慌てて拾い上げて、ようやく体の自由が戻っていることに気が付く。  自由に動く体で立ち上がると、玄関に戻り、置きっぱなしになっている白い箱を開ける。 「無事みたいよ。あとでこれも食べよっか」 「今日は豪華ですね!」  ケーキにうれしそうに目を輝かせる彼女に、少しだけ安心しながら、肉を口の中へ放り込む。  甘くスパイシーな食欲をそそる香りが口いっぱいに広がる。 「あ゛~~~~っビール飲みてェ……!!」 「飲んでいいですよ? 自宅なんだし」 「酔ったらせっかく買ってきたケーキがもったないじゃん」 「確かに」  こうして、お隣さんとの妙な同居生活が始まったのだった。
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