2人が本棚に入れています
本棚に追加
第1話 お隣さんは魔法使い
今日は運が無かった。
目の前で閉まった終電のドアは、あまりに無情で開くことはなかった。明日も出勤だというのに、いっそ職場に戻ってしまおうかと、随分と重くなった足を動かし、駅を出る。
駅の外には、自分と同じ終電を逃した人間が、タクシー乗り場に並んだり、まだ賑わう居酒屋街に向かったりしている。
そんな中、駅前の小さな広場のベンチで、横になっている中高生くらいの少女。ひとりではなくとも、今は深夜。さすがに中高生が外を出歩いていい時間ではない。
声をかけて妙な勘違いをされても困るが、しかしこのまま放置というわけにもいかない。具合が悪くても可哀そうだ。
「え゛……お隣さん!?」
知り合いだった。
隣の部屋で一人暮らしをしている柊ひなつ。女子高生で、掴みどころのない性格ではあるが、あまり夜遊びをするタイプではない。
「桜井さん? 終電逃したんですか?」
「え、あ、うん。そうだけど……とりあえず、起きなさいな。お腹痛いの?」
「そういうわけじゃないんですけど……」
柊が体を起こしながら話していると、言葉を遮るように、大きな腹の虫が鳴り響く。
「…………荷物、全部置いてきちゃって。財布も携帯もないんです」
「なんかもういろいろ気になること多いけど、ひとまずなんか食いに行く? 奢ってあげるよ」
「居酒屋がいいです!」
「制服の女の子、居酒屋に連れていけないからね!?」
深夜に高校生を制服のまま居酒屋に連れていくとか、確実に誤解される。ファミレスとかファーストフードがギリギリだろう。
すると、柊が自分の肩に触れると、制服姿が一瞬にして、普段着に変わった。
「着替えました」
「あーそうねぇ……」
忘れていたが、彼女は魔法使いだった。
最初のコメントを投稿しよう!