第1話 お隣さんは魔法使い

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 目の前で湯気の立つ透き通った茶色の醤油ラーメン。  居酒屋は満席で入れなかった。個人的には、女子高生を連れた成人男性なんて怪しすぎて、ラーメン屋で済んで少し助かった。  隣で目を輝かせながら食べている柊も、最初こそ残念そうだったが、今は気にしていなさそうだ。 「それで、なんでこんな時間にあんな場所にいたの? 荷物も持たないで」  深夜に制服姿でひとり、荷物も持たずに駅前にいる。  考えれば考える程わからない。 「任務です。最近、寄生型怪魔(かいま)が増えていて、朝倒した怪魔にも寄生型がいて、追っていたんです。倒しはしたんですけど、すごく逃げ回られて疲れました」  ”怪魔(かいま)”  人間に危害を加える魔物全般を指す。そして、それと対抗する魔法を使うことにできる人間。それが”魔法使い”。 「そんなわけで、昼から何も食べてなかったので、すっごいおいしいです」 「替え玉頼む? チャーシュー丼もあるけど」 「チャーシュー丼で」 「うんうん。若いんだからちゃんと食べなよ」  追加で置かれる餃子とチャーシュー丼。  香ばしい香りに、甘辛いたれの香り。見ただけでうまいとわかるその見た目。少し、自分の分を頼まなかったのを後悔しそうになる。  昼から食べていないというだけあり、おいしそうに、そして、すごい勢いで平らげていく。  自分が高校生の時は、帰りに牛丼屋に寄っていたのだから、昼から何も食べずに一日を超えるのは、この歳には辛いものであろうことは想像がつく。  それにしても、深夜に即物的な匂いに見た目は、腹に来る。 「タクシーは適当に拾うとして、荷物は? 学校?」 「たぶん後輩が持ってます。タクシーで帰るなら、連絡しておきます」  携帯を持っていないと言っていたが、その後輩とは魔法でやり取りができるらしい。全く便利な力だ。  タクシーを探している間に、連絡はついたらしく、駆け足で戻ってきた。 「どうだった?」 「後輩が持ってるらしいので、明日の朝届けてくれるそうです」 「そりゃよかった」 「あとタクシーで帰るなら、特課につけとけ。らしいです」 「え゛っ……」  防衛省怪魔特別対策課。通称”特課”。  魔法使い組織の総本山であり、魔法使いの中でも一部しか関りを持てないと言われている。 「特課って学生は入れなかったよね……? 今回の任務が特課が関わってたってこと?」 「今回追ってた寄生型を、特課が追っていたらしいです。なので、交通費は経費で落としてくれるそうです」 「そうなんだぁ。じゃあ、御随伴に与るかな」  タクシーの運転手は、特課の名前を出した途端、深夜に揃ってはいけない歳の差の男女については何も聞かず、目的地へ車を走らせた。  怪魔は人間に危害を加える。それを魔法使いが防ぐ。魔法使いは、魔法が使えるというだけで、怪魔と戦うことが義務付けられている。本人の意思に関係なく。  流れる夜景を眺めている彼女も同じ。  魔法の強さに関係なく、有無だけで義務付けられる戦いは、たくさんの未来を夢見ることができる彼女たちにとって、苦痛ではないか。  仕事柄何かを言える立場ではないが、許されるならば、彼女たちに自由を。選択という自由を与えてやってほしい。 「今日はごちそうさまでした」 「こっちこそ。今日は職場の硬い椅子の上で寝ることにならなくてよかったよ」  おやすみなさい。と言いながら、中に入る柊に、驚いて声が漏れる。鍵を開ける仕草が一切なかった。  このマンションは、セキュリティ面でしっかりしているマンションだ。女子高生がひとり暮らしするとなっても、招き入れない限りそう簡単には入れない。つまり、鍵を開けずに入れるはずがない。 「ど、どうしました?」  びっくりした表情で扉を閉めるのを止め、こちらを見る柊に、鍵のことを聞けば、怪訝そうな表情をされる。 「だから、荷物は後輩が持ってるので、鍵は持ってないですよ?」 「いや、開けたよね? ここ、オートロックだし」 「開錠魔法は、小学校で習いますよ」 「え、なにそれ怖い」 「大丈夫です。部屋には結界を張ってますし、結界を張れば開けられないですから。まぁ、おかげで、みんな必死になって結界とかレジスト魔法覚えますから」 「うっわぁ……殺伐としてるぅ……」  魔法使いっていうのは、どうにも独特な価値観を持っているらしい。 「あ、そうだ。これあげます」  一度は入りかけた玄関から顔を出して差し出される、透明な何か。手に取れは、めちゃくちゃ冷たい。 「氷です」 「氷!? え!?」  意味が分からなさすぎて頭が混乱する。最近の女子高生の間では、お礼に氷を渡す文化でも流行っているのだろうか。向こうが透き通って見えるくらいきれいだし。いや、ありえないな。いくら理解できたことのないJK文化とはいえ、お礼が氷ってことはないだろう。多分。 「真実を見通す氷です」 「うさんくさ……」 「冗談です。あんまり見ちゃいけないものとかを見ることのできる氷です。使い過ぎると精神的に危ないので、ご利用は計画的にお願いします」 「え、そんな怖いの受け取りたくないんだけど」 「まぁ、精神的にやられる前に溶けますから。壁の妙な染みとか見たら、それが怪魔によるものかとかそのくらいはわかりますよ」  それ、怪魔だったらどうすればいいのだろうか。  しかし、その答えは教えてもらえなかった。
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