第1話 お隣さんは魔法使い

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 午後7時。普通の高校生なら、帰ってきている時間だが、チャイムを鳴らしても返事はない。 「昨日の件で、学校からも話を聞かれているのかな?」 「かもしれないですね。部屋に入って待ってましょう」 「すまない。お邪魔させてもらうよ」  隣なだけあって、帰ってきたら多少の生活音は聞こえる。  監視しているようで気は引けるが、榎田に何度も足を運ばせるのは悪い。 「連絡先は交換していないんだね」 「相手は高校生ですよ? さすがに、そこまでは聞いてませんよ」  少し残念そうにする榎田に、やはり違和感を覚えた。  つい最近まで、魔法使いの監視は今よりもずっと露骨で、全てを管理している状態に近かった。例えるならば、芸能人とマネージャーのように、常に行動を共にし、出かけるだけでも監視役を通さなければいけなかった。  そんな監視役は、怪魔や場合によって魔法使いとも対峙することになるため、武道に長け対魔法装備を備えている。しかし、魔法使いの力量はピンキリであり、力の扱いに慣れておらず、知識もない子供の彼らを悪用することは容易かった。  結果、起きたのは監視役による未成熟の魔法使いに対する犯罪行為。それが、長年容認され続けた。  そんな状況を打破した功労者のひとりが、榎田だ。 「お茶入れますよ。寛いでてください」 「お構いなく」  今は、昔ほど魔法使いへの干渉が許されなくなっている。  連絡先についてもだ。あくまで本人の了承が必要であり、強要することは許されない。  なにより、桜井の監視はあくまで隣に住むことで生存確認をするというもの。一週間以上帰宅しないなどの異常事態以外は、基本無干渉のはず。  どうしようもない違和感に、冷凍庫を開く。 『真実を見通す氷です』  水晶のように透き通った氷。  昨日、試しに風呂場の落ちないカビを見たが、何も映らなかった。一回り小さくなったそれを摘まみ上げ、ドアの位置を確認する。  杞憂で済めばいい。なんだったら、この氷を見せて最近のJK文化を広めたって、榎田なら笑ってくれるだろう。 「…………」  だが、もし違ったのなら―――― 「――ッ!!」  榎田の首に根を張るように寄生している怪魔は、はっきりとこちらを。 「見ィた、な……?」  玄関へ駆け出すが、襲ってきた刃の形をした触手がドアに突き刺さる。 「大人しく従っていれば、あと少しの時間は楽しく生きられたっていうのになァ゛!!」  姿を隠す気が無くなったらしい怪魔は、四つの大きな触手で桜井に襲い掛かった。  狭い部屋ならば少しは分があるかと思ったが、あくまでそれは壊さない前提の話。部屋を壊す前提なら、壁など切っ先が見えないだけの障害物。 「クッソッッ!!」  どうにか身を翻しながら、攻撃を回避するが、脱出できる玄関からは遠のくばかり。逆に、逃げ場のないベランダへ追い込まれる。  壁には向こうの部屋まで貫通していそうな深い傷。あんなのに貫かれたら、容易く死ねるだろう。だが、今のところ、掠めるだけで致命傷にはなっていない。  これも怪魔の思う壷なのだろう。  怪魔の目的は、柊だ。そして、最も警戒心無く近づけるのは、隣人である自分。  つまり、榎田から自分に乗り換え、最終的に柊に乗り移るのが目的ということだ。  一番は、ここから逃げ出せること。  最悪なのは、自分が乗っ取られ、柊に乗り移られること。 「……ははっ」  ベランダの手すりに手をやり、覚悟を決める。 「テメェの思い通りにはなるくらいなら、死んだ方がマシだわ」 「キサマッ――!!」  眼前に広がった四つの触手は、こちらを包み込むように広がり、隙間だらけ。捕まえるための先程以上に緩い攻撃。  触手の隙間を縫い、姿勢を低く、横に跳んだ。  ベランダの隔たり板を突き破り、柊の部屋側のベランダに転がると、窓を蹴る。  部屋には結界が張ってある。その言葉を今は信じるしかない。 「逃がすかァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛!!」  あと少しで入れるというところで、響いた絶叫と共に突然襲う浮遊感。  落ちている。そう気が付いたのは、数秒後だった。  死ぬ前に物事がゆっくりに見えるのは本当だったのかと、妙な関心を抱きながら、あと数秒の人生にため息をつく。 「ため息をつくと幸せが逃げるらしいですよ?」  だから、鼓膜を揺らす声に正気を疑った。
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