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不倫の片棒
「俺、東京に戻る事になったんだ」
日夏は急に切り出してきた。
10月の人事か。前々から言われていたからいつかはこの日が訪れると覚悟していた。
空木と日夏との出会いは博多天神の屋台だった。「東京から出向になって、博多は全然わからなくて……。お勧めの店とかあれば教えてくれませんか?」と日夏から声をかけられ、そこから恋仲に進展し、二人は互いの家を行き来してばかり。ほとんどの夜を二人で過ごし、同棲しているとも言えるような生活すること二年間。日夏のいる部屋に帰るのは楽しくて、温かくて、幸せな毎日だった。
こんな生活がずっと続くと思っていたのに、遠距離恋愛になるなんて空木には耐えられない。いつか日夏は東京に帰ってしまうとわかっていた。その時が来たら日夏について行き、一緒に東京で暮らしたいと思っていた。
空木の仕事は師業なので、日本全国どこでも仕事にありつける。東京に行っても同じ業種の仕事を続けることは容易だ。
その事は日夏も知っているだろうから、あとは日夏からのひと言を空木は待っている。
「空木。俺と一緒に東京に来てくれないか」のひと言だ。
「日夏。俺は日夏と離れたくないよ……」
空木は自分の想いを日夏にぶつける。きっと日夏も同じく空木を想ってくれていると信じている。
「空木。話がある」
日夏の真剣な眼差しに、空木の胸も期待で高鳴っていく——。
「お前とはもう会えない」
……え?
どういうことだ……?
日夏の冷たい言葉に空木の表情は固まる。
遠距離になるくらいで会えないなんて大袈裟だ。なんなら東京について行く覚悟もできているというのに。
「実は俺には東京に妻子がいるんだ」
その一言で血の気が引いた。
サイシ……?
サイシって、あの妻子のことかと理解が追いつかない。
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