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「今、訳あって俺は会社近くのウィークリーマンションに暮らしてる。俺の家庭は冷え切っててさ。……女の勘ってのは怖いな。もう気が付いてるみたいなんだ。今日もこれから嫁と話し合いなんだよ。これでダメなら弁護士を通して話をすることになるかもしれない……」
「へぇ。大変だな。でも俺にはどうでもいい話だ」
今更こいつに興味などない。
「なぁ、空木。俺と一緒に東京で暮らさないか? お前こそ俺の本当の恋人だ。ずっと一緒にいよう」
日夏は俺の話を聞いているのか? お前のことなんてどうでもいいって言っただろ。
「日夏。はっきり言ってやるっ! 俺は、お前のことが大嫌いなんだよっ! これ以上俺に構うな!」
これでさすがの日夏もわかっただろうと思ったのに、日夏は空木の腕を掴んできた。
「嫌だ! 空木と一緒にいたい。俺を見捨てないでくれ、寂しくて仕方ないんだよ。俺には——」
日夏が空木に縋ろうとした時、現れたのは秋元だった。
「離せ」
秋元のものとは思えない程冷たい声。秋元は空木を掴む日夏の手を、思い切り振り払った。
「じょ、常務?!」
日夏が秋元を知らないわけがない。秋元は日夏の勤める会社の社長の息子で取締役だ。
「お前なんかに空木君は渡さない。たとえ俺が振られてもだ。日夏、お前だけは絶対に許さない!」
穏やかな秋元しか見たことがなかった。こんなにも激情に駆られている秋元の姿にびっくりする。
「え? いや、ど、どういうことですか?! 常務と空木は知り合いなんすか?!」
日夏は状況が理解できていないようだ。無理もない。
「俺が一方的に空木君を追いかけ回してる」
「え?! 常務がこいつを?! そんなことって……」
「おいっ。こいつ呼ばりするなっ。今日だって俺が頼み込んでわざわざ来てくれたんだ。時間が勿体ないからこれ以上お前に構ってる暇はないっ!」
秋元はそう日夏に吐き捨てるように言い、空木を連れてズカズカと歩いていく。
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