猜疑心

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「あ、秋元さんっ」  どこまで来たのだろう。整備された海が近い川沿いの遊歩道にまで辿り着いた。 「クソッ、あいつをクビにしてやりたいよ……」  秋元はまだ怒っている様子だ。苛々を遊歩道の柵を蹴飛ばすことで晴らしている。  秋元の怒りの原因は自惚れではないが、日夏と空木の関係についてなのだろう。秋元は二人の経緯をよく知っているはずだ。まさか秋元との関係がこんなに続くことになるとは思わず、秋元と初めて知り合った日に空木が散々日夏の文句をぶち撒けたからだ。……後半は何を言ったか覚えていないほどに。 「秋元さん、もう終わったことです。俺はもう日夏のことなんてすっかり忘れましたから」 「そうなのか……。空木君は強いな。俺だったらあいつの悪事を家にも会社にも全部バラしてあいつの人生めちゃくちゃにしてやりたいと思うけどな」  秋元ほどの男でもそんな風に思うのかと思わず笑ってしまう。 「正直俺もそう思いましたよ」  日夏にコケにされた時、空木も同じことを思った。 「でも、そうしなかったのは秋元さんのお陰です」 「俺?!」  秋元は心底驚いた顔をしている。 「はい。秋元さんがいつも俺の傍にいてくれたので、寂しさも怒りも吹っ飛んじゃいましたよ」  秋元に微笑みかける。秋元には本当に感謝している。  日夏に捨てられて、怒りのあまりに全て暴露して日夏に復讐することも考えた。でもそれでは自分自身も虚しいし、日夏の妻子まで不幸にしてしまう。空木さえ黙って耐えれば日夏の妻子は何も知らずに家庭円満。それが一番いいと考え直したのだ。  まぁ、結局、空木が何もしなくても日夏は妻に勘づかれてしまい、別居中のようだったが。 「空木君……。今日はわざわざ来てくれて本当にありがとう」 「いいえ。俺の方こそ、お礼を言わなくちゃ。毎週俺に会いに来てくれてありがとうございます」  二人、川を眺めている。湾岸にそびえ立つビル群の夜景の中、海風が吹いている。 「俺はこれからも君に会いに行くよ。だって俺は君のことが好きだから」  秋元は目の前の川を眺めていた視線を横にいる空木に移した。秋元の真摯な眼差し。  秋元と一緒にいたい。  この眼差しを信じたい——。 「俺、まだ秋元さんの告白の返事、してませんでしたよね……」  この人なら、きっと——。
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