不倫の片棒

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 空木が意識を取り戻すと、屋台で飲んでいたはずの自分が自宅のベッドにいる。窓の外は既に明るい。一体どうなったんだと昨日の記憶を必死で掘り起こそうとする。  行きずりのスーツの男に日夏の愚痴を話し、かなり酔ったままタクシーに乗った記憶は僅かに思い出せた。  そこから無事自宅に帰って来れたらしい。はっきり言ってほぼ無意識だ。  空木の財布やスマホは玄関先に転がっていて、ローテーブルの上に何か置かれている。ペットボトルの水と、何か——。  ベッドから這い出して、それを確認すると、二日酔いのための薬と、「秋元秀一郎(あきもとしゅういちろう)」と印字された名刺が置いてあった。名刺には手書きでメルアドと電話番号が書かれている。仕事用とは異なる連絡先、という事か……?  待てよ。こんなものがここに置いてあるということは、この部屋に秋元という男が入ってきたということではないのか。  タクシーに乗り込んだ時、ひとりではなかった気がする。隣にいる誰かをバシバシ叩いた記憶がうっすらと——。  昨日の事を思い出したいのに、これ以上の記憶は出てこない。  でも多分、この秋元という男にものすごく迷惑をかけたのではないかという予想がつく。空木が酔って絡んで潰れて、見兼ねた秋元が、空木をなんとかして自宅まで運び入れてくれたのではないか。  ——俺はこの見知らぬ男にどんな醜態を晒したんだよ……。  今になってやっと冷静になり、昨日の自分を恥じる。日夏のせいで自暴自棄になっていたとはいえ、他人まで巻き込んでしまった。  秋元という男に連絡して、昨日の粗相を謝って、礼を言わなければと思うが、恥の上塗りのようで躊躇してしまう。 ——どうせ俺は明日には東京に帰ります。 ——あなたとは二度と会わないだろうから気楽でしょ。  あの時のスーツの男こそ、秋元だったのだろう。二度と会わないと言っていたのに何故名刺を置いていったのだろうか。  そしてこの名刺を見てもう一つの事実に気がついた。  『AT商事 取締役 常務執行役員 秋元秀一郎』  AT商事という会社は日夏の勤めている会社だ。日夏の肩書きは係長。秋元という男は日夏よりもかなり上の立場ということになる。  ——この人は日夏のこと、知ってたのかな……。  下っ端の日夏は常務のことは知っているだろう。しかしたくさんの社員を管理する立場の常務からしてみれば、直属でもない限り、下っ端社員の一人一人までは覚えてはいないのではないか。  ああもう、どうでもいい。  日夏は東京の妻子の元に帰る。  秋元という男も今日東京に帰ると言っていた。今頃きっと東京に向かっており、もう会う事はないだろう。  空木はその日の夕方になってやっと秋元に『昨日はご迷惑をお掛けしました』とお詫びと礼のメールを送り、頭が痛いので早々に休む事にした。
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