猜疑心

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猜疑心

 それから三週間が過ぎた頃だった。秋元から『また博多に出張になったから、空木君に会いたい』という旨のメールが空木に届いた。  秋元とは、空木が謝罪メールを送ったあとから、『能古島はどんなところ』だの『今日は九州は凄い雨ですね』だのたわいもないやり取りをする仲になっていた。なんでこんなどうでもいいことをメールしてくるんだと思ったが、恩人である秋元を邪険にすることも出来ずに適当な返信をしていた矢先の『会いたい』メールだった。  秋元からしてみれば、空木は博多に住んでいる飲み友達感覚なのだろう。日夏と別れてから暇を持て余しているし、もう一度くらい会ってみようという軽い気持ちで『いいですよ』と返事をした。  そして秋元に会い、三週間前に二人が出会った屋台で久しぶりの酒を酌み交わし、二軒目に行こうと天神の街を中洲方面へ歩いていた。 「また俺と会ってくれてありがとう。この三週間、博多に行きたくて仕方なかったんだよ」  秋元は空木との再会が本当に嬉しそうな様子だ。一度目は荒れに荒れていた空木のせいで秋元とまともに会話も出来なかったが、今回は色んな話ができた。  秋元はオーナー企業であるAT商事の社長の息子なので、若くして常務という立場にいること。  将来社長の座に就くにあたり、ただの世襲、ドラ息子と思われないように、必死になって努力をしている最中だということ。  そして、三十歳になり、父親から見合い話を持ってこられたが、空木に出会ったからその話を断ったということ。 「空木君。嘘みたいだと君は笑うかもしれないけど、俺は君に会って運命の人に出会えたと思ったんだ。一目で君を好きになった。君さえよければ俺の恋人になるっていうことを前向きに考えてくれないか?」  信じられない——。  突然の秋元の告白に空木は瞠目する。  一目惚れなんてされたことがない。自分もした事がないし、だから余計に信じられない。  なにより秋元はかなり端正な顔つきの男だ。背が高いのでさっきどのくらいあるのか聞いたら183センチだと答えていた。恵まれた容姿と常務の肩書。こんな男がモテないはずはない。
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