甘い時間を過ごす二人に、祝福を

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甘い時間を過ごす二人に、祝福を

 海の底から浮かび上がるように意識がはっきりした。目をゆっくりとあけて、最初に目に飛び込んだのは両親の姿だった。涙目でこっちを一心に見てくる母親と、母親に寄り添うように、落ち着いた顔でこちらを見る父親の姿。 「おと……」  両親の二人に呼びかけようとして、急に息を吸ったせいか、むせるように咳き込んだ。息苦しいほどのむせこみだ……顔が熱くなっていくのを感じると、自分が生きていることを強く感じた。 「深く眠っていたから、体がびっくりしているのだろう、ゆっくり呼吸なさい」  父親の言葉に、浅く息をつきながら頷く。母親も同意するように頷きながら。 「あなたは丸一日、意識がなかったのですよ、よかった、起きて……本当に心配したのですよ」  リリアはゆっくりと言葉を出した。現状を確認するために。 「私、子供を助けたんです……溺れた子を……そしたら気絶しちゃって……あ、あの子はどうなったんでしょうか」  すっとその時、水が差し出された。慌てるリリアを落ち着かせるために。 水を差し出したルオネルの表情は、なんとも言えない静けさをたたえていた。  のどが渇いていたこともあり、水をごくりと飲む……急にそわそわしてしまった。 なんだろう、心配する順番を間違えたような……そんな気がする。父親が咳払いした。 「お前が助けた子供は無事だ……両親ともども、お礼をいいに来たよ。リリアの具合もどうだろうかと心配していた」  その言葉にほっと胸をなでおろして、肩から力が抜けた。よかった、自分の行動はとっさに動きすぎたとおもったけど、子供を、リックを救えたのだ。  涙目を浮かべていた母親は、大きくため息をつく。 「ルオネルに感謝を伝えるのですよ……あなたが意識を失った直後に、あなたの助けに入って……迅速に対応したおかげで、あなたはこれだけですんだのですから」  ルオネルが……さすがに目を見張った。ルオネルに反発して、家から出たというのに、倒れたリリアを救っていたとは。動揺して視線がゆらぐリリアに、両親は一旦離席する旨を伝えてきた。 「私は大丈夫ですので……お二人もなすべきことをなしてください」 「ああ……ではルオネル、あとは頼むぞ」 「ふたりとも、仲良くしなさいね……」  両親の二人は各々言いたいことを言うと、リリアの部屋から出ていった。 そしてルオネルと、リリアの二人だけになる。とにかくルオネルはリリアを救ったのだ。リリアは思いっきり頭を下げた。 「ありがとうっ、ルオネル……あなたがいなかったら、もっと救助に時間がかかってたと思う……タイミングよかった……」  リリアの言葉にルオネルは深くため息をついた。自分の髪の毛をかきあげる。 「タイミングが良すぎと疑わないのですか……リリア様。その……この子にあなたを追跡させて様子を見ていたのです」 「え?」  ルオネルは指をパチリと弾いた。その瞬間、彼の肩に小鳥が足をかけていた。見覚えのあるその鳥は……。 「私の散歩中に現れた……」  ルオネルは小鳥の小首をなでる、小鳥は嬉しそうに目を細める。ルオネルは再び指を弾くと、シュッと小鳥は消えた。 「魔力で形成した鳥です……私の家に伝わっていた術のひとつですね」  ルオネルはリリアと視線を交わす。そして顎に手をかけた。 「あなたが無茶をしないか心配で……川に飛び込んだのに気がついたときは、これで助けられなかったらどうしようかと、そうなったら後悔してもしきれないと……必死に走ったものですよ」 「そうだったの……そう」  ドキドキする、胸の中がきゅっとつまり、暖かくなる。この甘酸っぱい感情は、ルオネルといると、よく起きるが、それが何かわかっても、リリアは怯えてしまう。  この感情に飲まれてしまったら、どうしよう……。 「主人を思うあなたの敬意はわかりました……主として嬉しく思いますわ」  リリアが微笑んで言うと、なぜかルオネルは微動だにしなかった。  どうしたのだろうと思うと、ルオネルは顎から手を外し、とても真面目な声で言った。 「リリア……俺と君の関係ってなんだろうか」 「え……主と執事では……」  急に敬称もつけないざっくばらんな口調になり、リリアはどぎまぎする。 ルオネルは、本当に本当に、君ってやつはーと言わんばかりにため息をついた。 「一週間前、俺と君は、恋人になったんじゃないのか」  その言葉に、リリアはうなじまで熱くなる。きっと傍目から見たら、高熱がでたと思われるほどに、赤くなっているだろう。リリアはあわあわした。 「こ、恋人とか……誰かに聞かれたらっ」 「大丈夫だ、ここは二人だけだから……」 「そうだけど、そうだけど……」  リリアとルオネルの関係を周囲にそう簡単に言うわけにいかなかった。 執事と主という関係であるが、ルオネルは王家の傍流で本来は主従関係が逆転している。関係を表明するのはちょっとした一大事なのだ。何より兄妹のように育ってもいて、両親も兄妹のような関係と思っている。リリアは溺愛されている自覚もあったので、とても恋人になったと口に出せなかった。だけど以前のような主上関係の維持をすると、ドキドキしてしまって、リリアはルオネルに素直になれなかったのだ。……ルオネルはちょっと意地悪になっていたし。 「ホント、触れるだけでわかりやすい態度になるね……」  リリアはルオネルの言葉に口をパクパクさせた。 「ど、どうせ、私は世間知らずですし、レディじゃありませんからね」  リリアより経験豊富なルオネルに、ちょっとした劣等感がある。 現実で見たくないと、ぎゅーと目をつむる。するとルオネルは頬を優しくなでた。 「いや……俺は好きだよ、君らしいなって思うし」 「そ、そうなの」  そうだよとルオネルは頷いた。動揺し続ける心も、リリアは落ち着きそうになった。しかし次の瞬間、目を見開いた。ルオネルがリリアの顔を引き寄せ、キスをしていた。  おどろきながらも、キスの温もりが優しくて愛おしくて、リリアの目も自然に閉じる。ドキドキしていることがとても、気持ちがいい。  長いようで短い、そんなキスが終わると、ルオネルは少しすねたように言った。 「でも、俺との関係はよくわかってないのは、ちょっと頂けないな」  リリアは苦笑しつつ、そうねとルオネルの手に自分の手を重ねた。 「もう少し、一緒にいましょう」  リリアは以前のような素直で明るい笑みを浮かべる。するとルオネルは愛おしそうに、リリアの耳元で囁いた。 「そんな顔されたら、もっとキスしたくなるよ、溶かしたくなるくらいだ」  ルオネルの瞳は、まるで美味しいものを目の前にした獣のように、濡れていた。 リリアは自分は何かしたのか、いや何をしたのか、まったく理解できない。けれどルオネルに求められるのも、悪い気分じゃなかった。照れから俯いてしまうが、彼が自分に伸ばす腕に何もせず、そのまま、囚われた……。
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