5人が本棚に入れています
本棚に追加
かっかするお嬢様に、ちょっと意地悪な執事
リリアは軽く目を見張った。
「え、夜会の参加ですか……うちの家って、ああいうの嫌いそうな感じがしましたけど、参加したほうがいいのですか?」
夜会に参加したい? と唐突に母親から聞かれて、リリアは小首をかしげた。
リリアの一族は騎士から始まった家系だ。主君の忠誠心、そして人に対する誠実と敬意をモットーにしている。主君至上主義で、政敵をつくらないためにも派手なことをしない。故にこじんまりとした人間関係を好み、むやみやたらと人前に出たり、交流したりしなかった。
「いえ……私も、別に行かなくていいんじゃないと思うのだけど、あなたがその、あまりに異性……というものにちょっと無関心で、お父様がちょっと世間を知ったほうがいいんじゃないかとか言い出しててね」
「は、はあ……」
名家ラングリド家の当主がそんなことを思い始めるなんて……いや、別にリリアはまったく異性に興味がないわけではないのだ。男性と恋をするヒロインを描いた恋愛小説をよく読んでいたし……今はあまり読まなくなってしまったけど……。
「ねえ……ルオネル、あなたはリリアと仲がいいでしょう? リリアは最近何に興味があるのかしら」
二人のそばで静かに待機していた若き執事、ルオネルに母親はほがらかに声をかける。
「そうですね……最近は私から離れようと、散歩ばかりしていて……少しはかりかねるところもあります」
ルオネルは、王家の傍流の子供で……幼少期に親が亡くなったことにより、保護役となったラングリド家に引き取られた。普通ならリリアと同じような立場なのだが、彼自身の希望で、執事としてラングリド家につかえている。そんな彼、ルオネルの言葉にリリアがぎょっとして目を見開く。母親はあらあらと、口元に手をあてた。
「あんなに、慕っていたのに……ルオネルに何か不満でもあるの?」
リリアは心配げな母親の視線から目をそらした。
「そんなことはありません、ルオネルは出来が良すぎるほど、いい執事ですわ……」
「なら、何も問題は……」
リリアは母親の指摘に、急に立ち上がり顔を真っ赤にした。
「だ、だからこそですわ……! 執事がいなければ何も出来ないなんて、それもそれで問題があるでしょう……少しでも自己鍛錬しなければ!!」
「あなた、その年でずいぶんしっかりしているのね……わかったわ、まあ夜会の件はあまり乗り気じゃないと、お父様につたえておくわね」
母親の言葉にほっと胸をなでおろすリリア。しかしそんなリリアを少し意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見る執事がいた。リリアはルオネルの視線には敏感なので、クッと唇を引き結ぶのであった。
母親は用事の時間がと言い出し、リリアとルオネルを残し、部屋を出ていく。
二人で笑顔で見送り、母親が出ていった途端、ルオネルにリリアは食って掛かった。
「ちょっとあなた、どうしてああいう事を言うの? お母様が心配しちゃうじゃないの」
「事実でしょう……名家の令嬢がいくら領内とはいえ、執事をつかせないのは、普通に危険です」
「屋敷の近くでしたら大丈夫です……! それに私、あなたといると……」
「いると?」
長身で顔立ちも整ったルオネルの顔が、優しく微笑む。その次の言葉を楽しみにしているような……リリアは唇をむずむずとさせ、そっぽを向いた。
「とても落ち着きませんのっ……ちょっと外の空気をすってきますわ。ついてこないでね!」
リリアの言葉にうなずきながらも、ルオネルはそっとリリアの手をとった。
急な行動で、リリアが目を丸くして背筋を思わず伸ばす。ルオネルは言った。
「袖元のボタンが外れてますね……付け直しますね」
「あ、ありがと……」
優しい仕草でボタンを掛け直すルオネル。
すこし触れられただけで、心が熱くなる自分はおかしいのだろうかと思う。
スッと。ルオネルはリリアの腕を引いた。
「あなたはホント可愛らしいですね」
耳元で一言囁き、ルオネルは身をひいた。
あまりに唐突な甘い言葉に、リリアは目をつり上げた。
「ひ、人をからかわないの!!!!」
そして部屋の扉を開けっ放しにする勢いで、部屋を出ていった。
その様子だけ見たメイドは、まるで突風のようだと、表現したという……。
最初のコメントを投稿しよう!