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白月泉(しろつき いずみ)の上に跨がる男が問う。
「……こっちとこっち、どっちを咥えたい?」
右手には重く鈍い光沢を纏う銃、左手には男の赤黒く怒張した一物。狂気に満ちた二択を突き付けられ、白月は息を呑んだ。この男に殺されてきた人間は、皆、死の間際にこんな心臓が凍てつくような思いをしているのだろうか、と思った。
男の目は、人の命を奪うことに微塵の躊躇いもない冷酷さと、触れるだけで骨まで溶かす烈火の如き怒気を孕んでいる。今までそういった性質を垣間見ることはあったが、それを自分に向けられることはなかった白月は震えた。
男――加賀井宗親(かがい むねちか)が恋人の白月に凶暴な気配を感じさせることは決してなかった。いつもその瞳は、穏やかに白月を慈しんでいた。彼が殺し屋という血生臭い仕事を生業としていることを忘れさせるほどに……。
ギシ……、と悲鳴のような不穏さを湛えてベッドのスプリングが軋んだ。
「さぁ、選べ」
銃口が眉間に押しつけられる。心臓が胸を突き破りそうなほど強く鼓動を打つ。
白月は唾をゴクリと飲み込んだ。今日の今日まであらゆる選択を間違え続け、今この時に至った。次こそ選択を誤ってはいけない。今までの選択に比べれば、今突き付けられている選択は狂気的ではあるが、非情に簡単だ。
なのに全身を支配する震えのせいで、なかなか唇を思うように動かせない。強ばる喉を何とか動かし深呼吸らしきものを試みるが、少しも緊張は解けなかった。
加賀井が無言で、銃口をさらに強く押しつけた。白月は唇の震えを飲み込みながら、ゆっくりと口を開いた……――。
****
まず、最初の大きな選択ミスは、元恋人、鳴瀬瑠理(なるせ るり)の言葉と愛を信じたことだ。
瑠璃と出会ったのは、一年前に開催された大きな街コンだった。三十手前になっても女性と付き合ったことがなかった白月は焦りを感じ、出会いを求めあらゆるコンパに参加していたが、いい結果が出た試しがなかった。
容姿はとても自信が持てるものでもなかったし、だからといってそれを補う話術や収入など持ち合わせてもいなかった。もう自分はこのまま一生一人なのかも知れない、と思っていた時、瑠璃が現れた。
「私もその小説、好きです!」
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