【Kindle Unlimited配信中✨】殺し屋の初めての殺意【サンプル】

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 道を間違えているのではないかと思って訊いたが、加賀井の声は真っ直ぐ迷いがなかった。最初は「ああ、そうなんだ」と素直に彼のあとをついて行ったが、自分たちを取り囲む景色が一向に洒落たビル街のままで、とても久しぶりに再会した友人二人が気軽に入れそうな店など見当たらず、やはり道を間違えたのではないかという疑いが再び頭をもたげた。だが、その疑いを口にする気楽な空気も関係も二人の間にはなかった。  しばらくして、加賀井が足を止めた。ようやく道の間違えに気づいたのだろうかとほっと胸を撫で下ろしたが、彼はこちらを振り返ると「ここだ」と言った。 「え?」  白月は目を丸くして前方の建物を凝視した。目の前の建物は、いわゆる高級ホテルと言われる類いのもので、デザインも照明も他ビルと比べてきらびやかだった。ホテル前の車寄せには高級車ばかりが行き来している。 「ここ……?」 「ああ」  まさかという意味を込めて訊くが、加賀井は何とでもないように頷いた。 「ここ食べるところあるの?」 「最上階にレストランがある」  さぞかし夜景がきれいであろうレストランを想像して、軽く目眩がした。 「……俺、こんな格好だけどいいのか?」  自分のスーツを見ながら言った。てっきり居酒屋だと思っていたので、仕事をしていた頃に着ていた安物のスーツで来たのだが、こんなスーツでは中に入ることはおろか、ホテルの前を歩くのも憚られる。もっとも前もって高級ホテルで食事をすると言われていてもそれに見合った服など持っていないが。 「気にするな。俺だって普段着だ」  加賀井は自分の身なりも安物のスーツと同列のものであるかのように言ったが、彼が身につけているものは、明らかに白月のものとは質が違った。一見ラフな格好にも見えるが、どれも控えめでありながら拭うことの出来ない上品さが漂っている。これを普段着と言ってのける加賀井の感覚が分からない。 「……実は言うと、俺、持ち合わせがそんなにないんだよな」  恥ずかしいが、一番の理由を口にした。一応、伊巻からこの計画に協力している間の生活費は支給されているし、加賀井との関係でかかったお金については請求すれば返金してくれることになっているが、それでも借金持ちの自分にはあまりに分不相応な気がして気が引けた。
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