【Kindle Unlimited配信中✨】殺し屋の初めての殺意【サンプル】

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「気にしなくていい。お前に払わせる気はないし、そもそもここは現金の支払いはない」 「現金払いがないって……」  ゴクリと唾を飲む。気にしなくていい、と言うが、加賀井の言葉にレストランの敷居の高さがもはや壁といって差し支えないものになった。  どうやって断ろうと思案する間もなく「もう予約してるから」と言って加賀井はさっさとホテルに向かった。その背中にこちらの遠慮や戸惑いを投げかけても無意味であることを悟った白月は、小さく溜め息を吐いて加賀井のあとを追った。  ****  外観と違わず豪奢な造りのエントランスを抜け、エレベーターで最上階まで昇ると、レストランに到着した。 「いらっしゃいませ」  所作や言葉遣い全てが、少しの隙もなく洗練されたウェイターに窓辺の席まで案内され腰を下ろした。汚れひとつない窓ガラスの向こうには、ビルや車などの小粒の灯りが夜の闇に散らばり瞬いている。口をポカンと開けてその美しい夜景を見下ろす自分と窓ガラスの上で目が合った時、その間抜け面に自分がいかにこの場にそぐわないかを痛感した。  ロマンティックな夜景が目当てなのか、客は男女の組み合わせが多かった。彼らが恋人、もしくは夫婦なのかは分からないが、漂う空気に何かしらの甘いものが含まれているのは確かだ。そんな中、美しい夜景に少しも心を動かされる様子のない無表情の男と着古した安物のスーツを纏う貧相な男という組み合わせは、店の品格を損なわせるのではと心配になるほどに異質だった。時々、眉を顰めるような視線を他の客から寄越されるのが何よりの証拠だ。  そういった周りの視線や慣れない高級感溢れる空間に、居心地の悪さと緊張で食事前だというのに胃はすっかり重たくなっていた。  もちろんそんな状態で会話が弾むはずがない。会話をキャッチボールに例えるなら、白月が放つ言葉は弾力のあるゴムボールなどではなく、錆びだらけの砲丸のようなものだった。苦労して投げても相手まで届かず、すぐに地面に落ち、ゴロゴロと重い音を引きずりながら見当違いの方向へ消えていく、そんな感じだった。  唯一の救いは、料理が舌を蕩けさせるほどおいしいことだった。 「うわぁ。これ、おいしいな」
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