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趣味の話になった時、マイナーな作家だが自分の好きな本の題名を挙げると、瑠璃が屈託のない笑みで賛同してくれた。それが彼女のことが気になったきっかけだった。
アパレル関係の仕事をしていると言うだけあってオシャレで垢抜けた彼女は、自分には高嶺の花の存在で気後れしていたが、意外にもマイナーな小説を読み嗜んでいるところに親近感を覚え、話している内にあっという間に好きになってしまった。自分の片思いで終わるだろうと思っていたが、連絡先の交換を申し出たのも、デートに誘ってきたのも全て瑠璃の方からだった。
この時点で疑うべきだった。自分のようなつまらない男に、こんな綺麗で聡明な女性が好意を寄せるはずがない、と。
しかし、その時の白月に、そんな冷静さはなかった。初めて意中の女性に好意を寄せられすっかり浮かれていた。浮かれた人間は、大概が判断力を欠く。
「ねぇ、泉。ちょっと相談したいことがあるの……」
白月の家でまったりと二人で寛いでいると、瑠璃が神妙な面持ちで切り出した。常に屈託のない笑みを浮かべている彼女がそんな表情を見せたので、胸が少しざわついた。警戒心からではない。心の底から心配してのことだった。
「どうしたんだ? 俺で役立つか分からないけどよかったら話して」
「……ありがとう。あのね、前にいつか自分のお店を持ちたいって言ってたでしょ?」
「ああ、言ってたね」
白月は優しく頷いた。
以前、彼女の家でお酒を飲んでいた時に、いつか自分が好きなものを集めたお店を開きたい、と話していたことを思い出す。酔いが回り少しとろんとなっていたが、夢を語る彼女の瞳は輝いていた。夢絵空事を言っているわけではないことはよく分かった。自分には夢なんていう大層な目標がなかったので、彼女が益々魅力的に見えたし、その夢を応援してあげたいと思った。
「いろいろお店を探してて、最近、すごくいい物件を見つけたの」
「へぇ! よかったな」
思わず自分のことのように喜ぶ白月だったが、話の内容と彼女の暗い表情が一致しないことに首を傾げた。
「どうしたんだ?」
話の先を促すが、瑠璃は俯いたまま口を固く閉じていた。
「瑠璃?」
白月は瑠璃の肩に優しく手を置き、顔を覗き込んだ。彼女は弱々しい潤んだ視線を一瞬こちらに向けると、逡巡を振り払うように一息吐いて口を開いた。
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